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第25話 永井の思惑★

「ん……っ! ぅ……っ!」  断続的に突き抜ける快感に、遥は背中を震わせる。はあはあと荒い呼吸をして目を開けると、永井が喉を動かしたのが見えた。そして目を細めて笑ったのだ。 「ヨウの……美味しいな」 「……ッ、何でそんなもん飲むんだよ!?」  思わず口調が荒くなり永井の肩を掴む。しかも、こんな時に珍しく笑いやがって、と恥ずかしくて頭が爆発しそうだ。 「私が舐めたところは綺麗だと証明された。……まだ証明していないところ、あるだろう?」 「……っ、いやだ、やめ……」  永井は笑って──それはそれは楽しそうに迫ってくる。なんだこれ、なんか変なスイッチ押しちゃったかなとベッドの上へ後ずさりすると、寛げていたズボンを下着ごと引き抜かれた。 「ああ、やっぱりヨウは足もお尻も綺麗だ……!」 「ひぇ……っ」  そう言って太ももにキスをされる。達したばかりで敏感な身体はそれだけで肩を震わせ、変な声を上げてしまった。 「な、永井さんっ! これ以上は、シャワーを……!」 「和博と呼んでくれと言ったろう?」  このままでは永井が本当に尻まで舐めそうだと思った遥は、思わずそう叫んだ。さすがに洗わないと、心理的な問題じゃ済まされない、と呟くと、永井はそれもそうか、と遥を横抱きにする。 「えっ? ちょっとっ?」 「ヨウは何もしなくていい。私が全部、すみからすみまで愛してあげよう」  だからもっと私に甘えなさい、と永井は遥を抱えたまま、ベッドを降りた。下半身丸出しで、尻がスースーして落ち着かない。こんな、まがりなりにも多少は売れている小井出遥が、こんな格好でお姫様抱っこされているなんて! 恥ずかしくて顔を隠そうと、永井の首元に顔をうずめた。 「大丈夫、きっと傷はよくなる」  まずは私を信じることから始めなさい、と永井は言う。 「木村さんのようにスマートにはできないかもしれないが、恋人として、小井出遥の一番のファンとして、そばで支えたい。その気持ちは、誰よりもあるつもりだ」  彼は微笑んだ。ああそうか、と遥は思う。  好きという気持ちは、守りたいと思う気持ちを強くするものなのだ、と。そしてそれをひとは、愛と呼ぶのだと。  遥はまた目に涙が浮かんだ。自分はちゃんと雅樹に愛されていたのだ。そして事情を知っている綾原にも、菅野にも、もちろん、永井にも。  こんなに切望していたものが近くにあったのに、気付かず当たり散らしていた。ちゃんと、遥を守っていてくれていたのに、自分はなんてことをしてしまったのだろう。 「和博さん……っ、僕……」 「大丈夫だ。これからは私がヨウを守る」  ヨウはそのままでいてくれ。そう言われて脱衣洗面所にそっと降ろされた。  遥を降ろした永井は遥の顔を覗くと、涙が流れた跡を指で拭ってくれる。その顔は優しげで、最初は表情が変わらないひとだと思っていたのに、とドキリとした。 「……服を脱がせてもいいか?」 「……うん……」  永井は本当に、遥に何もさせないつもりのようだ。しかも彼は、それを楽しそうにやっている。至極丁寧にシャツのボタンを外し、ゆっくりと脱がせていく。 「……あの、和博さん?」 「何だ?」 「時間をかけてる気がするのは、気のせい?」  遥がそう聞くと、永井は嬉しそうに笑う。本当に今までの彼からしたら、よく表情が変わるな、と思う。 「十年間、見ることしかできなかった小井出遥に、触れるんだ。嬉しくない訳ないだろう」  そう言われて、このひとは本当に小井出遥のファンなんだと実感した。 「私も男だ。隣で安心しきって眠るきみに、手を出そうか迷ったこともある」  けれど、ヨウがされてきたことを考えるとできなかった、と永井は最後のタンクトップを脱がせる。本当に、彼の我慢には感謝しかない。 「やっぱり、ヨウは身体のバランスもいいし、適度に筋肉も付いていて美しい」  全裸になった遥を、まじまじと見つめる永井。遥は童顔だが、演技やダンスで培った筋肉が程よく付いている。柔軟性もあり、しなやかな体つきをしていた。  谷本の粘ついた視線とは違い、永井のは純粋に綺麗だと褒めているのが分かる。それが、慣れなくていたたまれなくて、恥ずかしい。 「もう少し、身長は欲しかったけどね……」  日本人男性の平均はあるが、どうしても舞台では身体が大きい方が存在感がある。けれど、動きのキレと演技力で、それをカバーしてきたのだ。 「なに、それでも役者一本で生活できてるんだから、もっとヨウは自信持っていい」  そう言って、永井は遥の背中を押す。永井は服を脱がないのかと振り返ると、「今はヨウが綺麗だと証明する時間だからな」と浴室に促された。 (かといって、僕だけ裸なのはやっぱ恥ずかしいんだけど)  そう思いながら、遥は永井に頭から足の爪先まで洗われる。そのあいだ、やっぱり彼は上機嫌で鼻歌まで歌い出しそうな雰囲気だ。遥は思わず聞いてみる。 「和博さんって、もしかして世話焼くの好き?」  鏡の前に座り、髪を乾かしてもらいながら、鏡越しに彼を見た。すると永井は、初めて見るくらいに笑う。眼鏡がないのでその顔は少し幼く見えて、ちょっとかわいいなと思ったのは内緒だ。 「ヨウから私への質問が、こんなに嬉しいとは思わなかった。ああ、私はどうやら奉仕するのが好きみたいでね。だが社長業をやっているとなかなかできなくて……」  この歳だし叱ってくれるひともいないんだ、と永井は言う。  聞けば、顔合わせで遥に突っかかられて、さすが遥だ、と思ったらしい。そして、そもそも予算も出資も、上乗せするつもりだったとも。 「ヨウのあの発言がなければ、私はそのまま舞台の行く末を見守るだけだった。稽古場に顔を見せに行ったのも、ヨウを見に行くためで……」 「も、もういいっ」  あの、無表情な顔をして見ていたのは自分だったなんて、恥ずかしすぎる。しかも、顔合わせから顔がニヤけるのを必死で堪えていたというから、永井の遥好きは筋金入りだ。見るなら舞台だけにしてよと口を尖らせると、主役として立てなかったことが本当に悔やまれる。 「その……ごめんなさい。せっかく期待してくれてたのに……」 「気にするな。タイミングが悪かっただけで、ヨウはそのうち似たようなことになっただろうから」  谷本から逃げられないうちは、遥はどんどんストレスを抱えていく。実際吐きぐせがついてきてしまっていたため、倒れるのは時間の問題だっただろう。  舞台よりもヨウを潰す方が、将来的な損失は大きいとまで言われ、また目頭が熱くなる。  永井は遥の綺麗な金髪を櫛で丁寧に梳くと、寝室に行こう、と促した。

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