side:涼一 あの日以来俺は、地球では仕事に没頭する事でどうにか保っていた。 前世で俺は何百年もリシェを探して待っていた。 だから今回だって、長くても数十年待つだけだと思っていた。 なのにこんなに辛いとは…。 そう言えば前世では感情が削られていたんだった。 だから何百年を耐えられたんだと、今更気付いてしまった。 「頭ではわかっていたが、こんなに辛かったのか…。」 それでも俺は日課をこなす。 地球で仕事をした後異世界に行き、執務をこなした後で、ここと地球を繋ぐ特異点に行く。 十年前から毎日、ここに転移の魔法を魔力の限り注いでいる。 生前の美月さんと計画していた事を実行しているのだ。 時折リシェールと会うが、柚希の居場所の反応は未だに無い。 陽太にリシェールの状況を確認する。 柚希が死んでから笑顔を見なくなり、覇気も無くなったと。 取り敢えずリシェールに掴めないという事は、まだこの世に柚希の存在は無いという事だ。 美月さんの十三回忌に、シェイネス家を訪れた。 美月さんの息子の輝が応対してくれた。 「涼一さん、お久し振りです。まだ家の中バタバタしてるので、あっちの中庭でも見てて貰えますか？」 そう促されて庭へと足を向ける。 そう言えばこの家には、美月さんの葬式の時に来たっきりだった。 三回忌の時は柚希が亡くなったばかりで、気を遣ってくれたんだと思う、呼ばれなかった。 それ以降も特に呼ばれなかったのと、柚希の事以外考えられず、俺の方でも日取りとか余り覚えていなかった。 俺の中で『柚希に再会した』という報告を持って美月さんの所に行きたいという思いもあった。 洋風の庭には、綺麗に洋風の花が取り揃えられていた。 ふと、視界に金髪の子供の姿が入った。 その後ろ姿を見て、何をしているのか気になって声を掛けようとした……その時だった。 強烈な、火が付いたような感覚を胸に覚える。 視界に居る子供に込み上げる想い。 「何を…しているんだ？」 問う声が掠れ気味になる。 「姉さんが、甘いから花を吸ってみなさいって。でも全然甘くないから…。」 そう言って振り返る。 「り…ゆずき…？」 その子の顔は間違いなく柚希だった。 髪型も柚希だが、金髪で蒼い瞳の。 俺をじっと見てる。 柚希…柚希だ！ 俺の魂がそう告げている。 「涼一さん？」 「柚希！柚希なんだな！？」 確かに名前を呼んだ。 でも何か違和感が…。 そう、名前を普通に呼んだ。 俺でさえ十年振りで、胸に熱いものが込み上げているのに、柚希なら号泣したりとか……もしかしなくても、記憶が無い？ 思い出すにはやはりキスだろう！ そう思って十年振りの想いを乗せた濃厚なやつをしてやろう、と顔を近付けた瞬間…。 「涼一さん、ストップ！！」 背後から声が掛かった。 何だ？恋人同士の逢瀬を邪魔するとは…。 声の方へ振り返ってみると、先程の輝の双子の兄の煌がこちらに駆け寄って来ていた。 「涼一さんお久し振りです。僕は美月の息子の煌です。」 「それはわかっているが…。」 邪魔をした文句を言おうとしたが、煌は柚希？に近付いた。 「リシェ、お茶の用意をリビングに頼んで来てくれるかい？」 「うん、わかった！」 柚希の筈のその子は煌の指示を聞くと走って行ってしまった。 ん、リシェ！？ 「あれは柚希の生まれ変わりだろう！？」 煌に掴みかかる勢いで訊ねる。 「涼一さん落ち着いて下さい…。あの子は多分涼一さんの言う通り、柚希さんの生まれ変わりだと思います。ちなみに、僕の息子のリシェ＝シェイネスなんです。」 俺は情報を頭の中で整理した。 「何故『リシェ』と…？」 関係者しか知らない名前だ、偶然付く名前ではない。 「美月…母にくれぐれも言われてたんです。『男女の双子が必ず産まれるから、絶対に女の子にファル、男の子にリシェと名付ける事！もししなかったら末代まで祟るからねっ！』って…。」 「美月さんが…。」 こうなる事を想定していたのだ。 あの準備の一環…ん？ 「でも、それなら何故俺からリシェの事を隠していたんだ？」 思えば煌が結婚した事は聞いてはいたが、一切子供の事の話題にもならなかった。 産まれた事自体俺は聞かされていない。 俺の気持ちを気遣ったから伝えなかった可能性も考えていたのだが。 「それはね、リシェの生命を守る為よ。」 掛けられた声に顔を向けると、金髪の少女が居た。 俺が良く知る姿をそのまま幼くした容姿の。 「美月さん…なのか？」 柚希が居るんだから驚く事は無い。 「そうです、母なんですよ…。」 煌が深く溜息を吐きながら頷いた。 「今世のあたしは『ファル＝シェイネス』よ。宜しくね、涼一君。」 「こらこら、涼一『さん』だろう。」 後から現れたイケメンが美月さん…ファルを肩車する。 「ラデルト義兄さん。」 煌の父親のラデルトさんは、ファルに嬉しそうに頬にキスをされている。 ラデルトさんはファルの祖父になるんだよな？ でも、見ていると恋人同士のようだ。 いや、それより柚希の事が優先だ！ 「柚希…リシェは完全に前世の記憶が無いのよ。」 ファルはラデルトさんの肩の上で説明してくれるようだ。 「あたし達の死因、涼一君ならわかってるよね？」 「内包する魂の魔力が強いのに、地球では魔力が使えない。つまり、内に溜まり続ける魔力がジワジワと器の生命力を削っていた。」 俺は迷わず言った。 「そう。神であるあたし達は神力って言うんだけど。」 成程、今後は俺も神力と言おう。 「で、あたしは柚希よりも弱いから、柚希より長く生きたよね。だから、柚希は今の身体を保つ為に、『記憶』のリソースを削っているの。」 「記憶…。」 それで記憶が無い。 「つまり、今無理に記憶を戻してしまうと、また若くして死んでしまう。」 俺と引き離していたのは、柚希の記憶がむしろ戻らないように…か。 「涼一君には辛いと思うから。記憶を戻す事が出来そうなのに、戻したらいけないのよ？だからね、戻ってから涼一君に逢わせようとしていたのよ。」 理解は出来た。 「記憶はいつか戻る？」 「身体の準備が出来たら、戻ると思うわ。」 俺は暫し考えた。 考えている間、三人は俺を見守っている。 そこにリシェが走って来た。 「お茶、中庭にしますか？って、お手伝いさんが。」 お茶を頼んだのに全然戻って来ないので、お手伝いさんが気を遣ってしまったらしい。 お茶では無く、煌はリシェを遠ざけたのだが。 俺はリシェの姿を目にするとすぐに抱き上げた。 「涼一さん？」 不思議そうにリシェは俺を見る。 「そう言えばリシェは何で俺の名前を？」 俺が問い掛けるとファルは少しだけ悲しそうな顔をした。 「…一つぐらい、記憶が無い間も柚希である事を教えたいじゃない。」 泣きそうなファルをラデルトさんが宥める。 「リシェ、涼一さんと一緒に暮らすかい？」 煌が、俺の腕の中のリシェに尋ねる。 いきなり初対面のおっさんと暮らすか聞かれても困るだろう。 「涼一さんと…うん、行く！」 予想外の答えにみんな驚いた。 だが反対もしない。 「あらあら、涼一さん、リシェの事お願いしますね。」 戻って来ない人が増えていくせいだろう。 奥から若い金髪の女性が出て来た。 リシェとファルの母親、煌の妻マリアだ。 「こちらこそ、まだ小さい子を…済まない。」 「いいえ、何かありましたらいつでも連絡下さいね。」 有難くリシェを預り、シェイネス家での用事を済ませると、リシェを連れて家に戻った。 リシェが必要な物は少なかったので、そのままの引っ越しになった。 家に着いてすぐ、最後の疑問をリシェに訊ねる。 「リシェはどうして俺の所に来てくれたんだ？」 あの場の全員が驚いたリシェの即決、俺も気になっていた。 「うちの人達がね、いつも涼一さんの事を気にしてたんだ。奥さんが亡くなってから涼一さんが苦しそうって。いつか倒れちゃうって。」 俺の事をしっかり見ていてくれてたのか…。 これでもそうとは見せないように振る舞っていたのだが。 「だから僕も涼一さんの力になってあげれたらって思ってて。そうしたら家族の助けにもなるでしょ？」 尊い！ 記憶が無くてもやはり柚希だ。 目が合うとニコッとするリシェ。 「涼一さん、宜しくね。」 「ああ、宜しく。」 そう言えばリシェも柚希も逢った時は既に育っていたから、初めて子供時代の様子を見られるんじゃないか！ 記憶が戻せないのは悲しいが、必ず戻る。 だからそれまではリシェと生きていく。 「涼一さん、楽しいね！」 今日は遊園地に来ていた。 子供と言えば遊園地だよな？ リシェと一緒に乗ったでかい船型のブランコのような乗り物で、前後するたびに喜んでくれている。 柚希ともっと色々な所に行けば良かった…。 結構出掛けたとは思ってはいたが、遊園地によって乗り物の種類も違うのだから、他の遊園地という選択もすべきだったと反省する。 乗り物を降りて、少々休憩を挟む。 「リシェ、喉渇いたろう？」 「あ、うん！有難う！」 リシェにコーラを渡す。 「…どうして涼一さんは僕のタイミングがわかるの？」 不思議そうに上目遣いで見上げて来るリシェ。 可愛い…食べたい。 必死に欲望を散らす。 「リシェと仲良くなりたいからだな。」 「そっか、凄いね！」 答えになってない筈なのに、納得してくれた。 手を出せないのがキツイ！ リシェが気が済むまで乗り物を乗り回し、飯を食ってから帰った。 部屋に入ってすぐ、俺は大変な事を忘れていた事に気付かされた。 「涼一、美月の法要はどうだった？私も後日……。」 リシェールにリシェの事を言ってなかった。 リシェールは最近は殆んどこっちに来なかったから油断していた。 まさか居るとは思わず。 いや、リシェを引き取った時は覚えていたのだが、リシェールはかなり感情的だから、柚希の記憶を戻そうとするのではと。 どう対策すべきが考えてはいたが、柚希に逢えた嬉しさで色々飛んでしまっていた。 話途中のリシェールがリシェを見て固まる。 「その子供は…。」 リシェールの頭の中はパニック状態に違いない。 「柚……っ！！」 名前を言いそうなところで、瞬時に俺はリシェールの口を手で塞ぎ、部屋の外に引き摺って行く。 「ど、どういう事だ！！あれは間違いなく柚希！だが、私の柚希探知に引っ掛からない！どういう事なんだ！」 凄い勢いで質問をぶつけて来る。 肝心な事から言っていくのがいいか。 「あれは間違いなく柚希だ。だが、前世の記憶を一時的に失っている。記憶を犠牲にして命を保っている。」 「要は別人の魂みたいなものという事か？」 「合ってる。だからお前の探知に掛からなかったんだろうな。」 「思い出させると死んでしまうと。」 「まあぶっちゃけそんな感じだ。」 「何故知らせなかった？」 リシェールが睨む。 「お前が感情的に柚希柚希言ってしまうんじゃないかと思ってな。」 「説明を受けていたら、私とて柚希を死なせたくは無いから、そのような事はしない。」 「そもそもが柚希は居たのにお前の探知に引っ掛からないというのは想定外だったからな。お前が気付いていないのなら、気付くまでいいかなと。」 「良くない。まあわかった。私の事も考えての事だと。」 リシェールはウキウキしてリシェの所に戻ろうとしている。 「柚希じゃなくリシェだからな。」 「わかっている！」 リシェの元に二人で戻った。 「もしかしてリシェール？」 「えっ…。私が…わかるのか！？」 リシェールが期待する表情に変わる。 「お祖母ちゃんの親戚だよね？」 「お祖母ちゃん？」 「お祖母ちゃんは美月っていうんだよ。」 リシェと美月さんは同じ時代を生きていない。 つまりシェイネス家の誰かが気を利かせて、俺らの事を色々説明してくれているから、リシェールの事も俺の事もすぐにわかるというところだろう。 リシェールはリシェを覗き込む。 「ああ、リシェールだ。ゆ…リシェ、私の妻…王妃になってくれないか？」 「えぇっ！？」 「何言ってんだお前。」 いきなり突飛な事を言い出したリシェールを睨む。 リシェはリシェールに手を取られて見詰めている。 「リシェールは王子様みたいで格好いいんだけど、旦那さん居るんじゃなかった？」 「王配は居るが、王妃の座は空いているし、我が国は重婚も可能だ。」 「じゅうこん…？うーん、僕が大きくなってリシェールの事好きになったら宜しくね。」 笑顔で答えるリシェ。 そう言えば柚希は聡明な子供だったと聞いていた。 この切り返しは凄いな…。 そうだった、柚希は社交能力が高かったな。 「リシェ！大きくなるのを待っているからな。」 感動してリシェをギュッと抱き締めて目を潤ませるリシェール。 その幻想は叶わないだろうけどな…俺の手によって。 少しお茶をしてリシェールは帰国した。 何度も泊まる泊まる言ってたが、陽太に確認したら仕事が溜まってると聞き、追い返した。 しかし、リシェールは何年も笑わなかったと聞かされていたのに、それが嘘のように一瞬で笑うようになるとは……柚希の力は凄いな。 さて……これから俺の修行の時間だ。 リシェを風呂に入れる。 理性との戦いが始まる。 「リシェ、風呂に入ろう。」 「ん？僕一人で入れるよ？」 「俺がリシェと一緒に入りたいんだ。」 ちょっと考えるリシェ。 「うん、じゃあ入ろう！」 よしっ！すぐに脱衣所にリシェ抱っこで連れて行き、さっさか脱がす。 「有難う！先に中に入ってるね！」 素っ裸のリシェは元気良く走……。 「走ったら滑るぞ！」 慌ててリシェを引き寄せた。 「あ…御免なさい、大きいお風呂だから楽しくなっちゃった。」 「リシェが怪我したら大変だからな。」 リシェの頭を撫でて言い聞かせる。 「うん、有難うね、心配してくれて。」 嬉しそうに微笑むリシェの顔が柚希と重なる。 俺は思わずリシェのその身を抱き締めた。 リシェは不思議に思ったに違いないのに、俺の腕の中でじっとしていた。 暫くして、俺は自分を落ち着かせると、リシェを風呂場に運んだ。 リシェの身体を洗ったが、割と興奮しない（ゼロでは無いが）で済ませられた。 先程の事をリシェは問わず、大きい風呂に楽しそうにしていた。 next あれから五年