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聖戦
side:涼一
柚希を抱えて、これからの事を説明しながら部屋を出ると、いきなり目の前にリシェールが居た。
そうだった、こいつは柚希が戻った事がわかる。
時間的に出て来るのを待っていたのだろう。
「柚希っ!!」
俺の腕の中の柚希に抱き付いて来た。
もうリシェールは柚希を抱っこ出来るから、柚希を受け渡す。
「リシェール…御免ね、辛い思いをさせたよね?」
柚希がリシェールの頭を撫でる。
「柚希っ、柚希!!」
柚希を抱き締めて号泣するリシェールは、すっかり幼子のようだった。
「リシェール、大きくなったね。カッコ良くなったね。」
「ゆずき…ぃ。」
感動し過ぎて他に言葉が出ないらしい。
「俺らの愛の営みを待っててくれたんだろう?」
「そうだ!柚希が戻ったのはすぐにわかったが、きっとヤってると思って、これでもかなり耐えて…待っていたんだ…。」
だいぶ気が利くようになったな。
「さてもういいか?用事を済ませたい。」
「用事?お前が転移の魔法をずっと掛けていたやつか?」
「そうだ。」
「転移?じゃああっちに行くんだね。」
「ああ、だから、柚希の家族に挨拶しないとな。」
シェイネス家に行くと、眠たそうにファルが待っていた。
「姉さん…。」
「ファル、起きているという事は…。」
時間は夜中の2時になる。
子供が起きている時間じゃない。
「わかるわよ。あたしは記憶を司っているし、何よりリシェの双子の姉だしね。」
「十二時頃ファルに起こされてね。」
少し眠そうにラデルトさんが笑って言う。
一家はこんな時間なのに全員起きていた。
「父さん、僕は涼一さんと異世界で暮らします。」
別れる前の挨拶に来たのだ。
告げられた煌が柚希に近付いて髪を撫でる。
「大丈夫よ、もし巧く行ったら、あたし達家族全員でそっちに行くから。」
「えっ?全員?」
ファルの言葉に柚希が驚きの声を上げる。
予想はしていたが少々驚いた。
「こっちにはいつか帰れるようになると思うから。それに、あたしは常にリシェと一緒に戦うからね。」
「戦い……。」
柚希の顔が曇る。
俺の柚希は争い事は嫌いだろう。
だがこれから先避けて通れない。
「僕達も戦力にはなれると思うからね。」
力強く申し出てくれる煌に、柚希の顔が柔らかな表情に変わった。
煌は初めて行く筈の異世界への不安がある筈。
だが二人の父親として放ってはおけないと言った感じだ。
「取り敢えずはあれが巧く行ったらあたし達もすぐ行くわ。」
成功でも失敗でも、こちらに戻れない可能性があるから、柚希に家族と挨拶を交わさせる。
「安心してくれ、最悪でも私はこちらと行き来が出来る。何かあったら私が力になれる。」
「リシェール、有難う。」
柚希が少しだけ安心した顔になる。
そう、リシェールだけは今まで通りこちらに来れる。
それでも直接逢えなくなるかもしれないから、心行くまで会話してもらった。
家に戻ると柚希の服を再び脱がせた。
「えっ?えっ?」
赤い顔で動揺する柚希。
可愛い。
すぐにマシンの蓋を開けると、柚希の身体を中の液体に浸すように寝かせる。
「うわ、何か…何これ?」
「より繋がりが深くなる機械とでも言えばわかるか?」
「何となく。」
「よし、閉めるぞ。何かあっても心配しなくていいからな。」
それだけ言うと柚希は穏やかな笑みを浮かべ頷いた。
柚希をログインさせると、自分も同じようにマシンに入り、柚希の後を追った。
side:アレク
異世界側、輝きを帯びたリシェが立っている。
その姿は横の毛だけが長い、金髪金瞳の光神リシェールの姿だ。
外見年齢は元の世界のリシェより少しだけ年上のものだ。
ちなみに俺も若い姿だ。
神は歳を取らないからだ。
「アレク様、凄い!力が漲ってます!」
「プレイヤーデータを上限無しにした。その上で俺が十年以上貯め続けた転移魔法で現実のリシェの魂もこの身体に転移させた。」
「はい、全盛期の僕の力の全てを感じます。」
感動した様子でリシェは返事する。
「これで完全に光神リシェ復活だな。」
「アレク様…僕達はもう二度と離れないんですよね?」
「ああ、戦いに負けない限り…永遠だ。」
戦いの言葉にリシェは複雑な表情を浮かべたが、ゆるり首を振って笑顔になる。
「大丈夫だ、俺が必ずリシェを守る。」
「はい、信じてます。僕もアレク様を守ります。」
綺麗な微笑でリシェが言う。
「さすが涼一君ね。一発成功じゃない。」
数分後にシェイネス家の人が転移して来た。
ファルは前世の美月さんより少し若い、金髪の光神ファルセアの姿に。
「これが魔力……。」
煌が初めて見る自分の魔力に感動している。
「やっぱりあたしとラディの息子ね。中々強い魔力じゃない。」
「母さん、今は母さんが僕の娘なんだよ。」
「どっちでもいいわよ、固い事言わないの。」
「母さんは大雑把過ぎる。」
親子の言い合いにリシェが楽しそうに笑う。
不意にリシェは辺りを見回す。
「輝おじさんは?」
「輝は地球に残るって。一人ぐらいあっちに居ると都合がいいしね。」
リシェの疑問にはファルセアが答えた。
あっちの身体は一応残してある。
無人でも管理出来るようにしてはあるが、いざとなったら動ける人間が居ると助かるしな。
「取り敢えず、ルキウスに行くか。」
光属性の一族だから光王国の方が何かと都合が良いだろうと、全員をルキウスに転移した。
玉座の間、リシェールと陽太が待っていた。
「リシェ!本当に蘇ったんだ!」
陽太が嬉しそうにリシェに駆け寄って力一杯抱き締める。
「陽太さん、苦しい苦しい!」
「悪い、嬉しくてつい。」
慌てて力を抜く陽太。
「陽太さんにもご迷惑お掛けしました。」
確かにリシェールの世話が大変だったようだしな。
「リシェが居なくて悲しかったけど、アレクが『必ず戻って来る』って言ってたから、俺も信じてたよ。」
本当に良かったと陽太も涙ぐんでいる。
一先ず落ち着いたところでファルセアが口を開いた。
「陽太君、今の状況は?」
「あ、美月さんも戻ったんだね!」
ファルセアに問い掛けられて気付く陽太。
「うん、光神の不在はアレクが誤魔化してたから平気だったよ。」
そう、俺がリシェの幻影を作り公に見せていた。
だが俺かリシェの姿どちらかしか無い状態になるから、気付いている奴も居ただろう。
「陽太、闇の国はどうだ?」
陽太が浮かない顔になる。
「それなんだけどね……かなり大勢の人数が行方不明なんだよね。」
やられたな……俺の不在時に誰かが手引きしたんだろう。
俺の結界を抜けて人を連れ去るとはそう言う事だ。
「アレク様…助けに、行かないと…。」
報告を聞いて、リシェは青ざめて震えながら、立っていられないようで、俺に掴まりながら言う。
囚われた闇の人間がどうなったのか、リシェは過去に見ている。
「まずは情報収集しかない。」
俺も一刻も早く助けたいのだが、相手は狂信者だ。
最悪何かの神が出て来るかもしれない。
慌てて動いたら、危険に身を晒すだけだ。
確実な情報が欲しい。
「私の諜報員を出す。落ち着いてくれ、リシェ。」
「有難う…リシェール、助かるよ。」
リシェの力になれてリシェールは嬉しそうだ。
「急いだ方がいいかも知れないが、今日は休んだ方がいい。時間も時間だし、リシェは記憶が戻ったばかりで疲れているだろう。」
俺もラデルトさんの言葉に同意した。
「…うん、御免なさい、休むよ。」
リシェも納得してくれた。
「リシェの結界が壊されても、あたしが張り直すから安心しなさい。」
「…わかった。姉さん、有難う。」
安心したのかリシェは俺の腕の中で、緊張が解けたように意識を失った。
side:リシェ
起きてすぐ、リシェールから報告された。
状況は思わしくない。
捕まった闇の人達が何処に連れて行かれたのか、方角はわかっているのに、途中で消えてしまったように居なくなってるらしい。
「人外の手が入ってるな…。」
アレク様の言葉に同意する。
「ざっとだが、捕まったのは闇の民千五百人程らしい。」
「そ…そんなに……。」
リシェールの報告を聞いて、単なる見せしめならそんな人数は要らないと思う。
つまりその人達は……。
「何らかの大技を使う気だろう。」
アレク様が苛立つ。
助けられなかったら、その人達の犠牲の上、技によって僕達に被害が及ぶ可能性が高い。
「アレク様…どうしよう……。」
これから起こる事を考えると、震えが止まらない。
「技がいきなり発動されたり、人質が俺らの結界壊しに使われたりしないよう祈るしか無い。」
怖い……何か方法は無いんだろうか。
手掛かりが無いままで、三日を過ごした。
未だに何も起こらないし、人質も見つからない。
「人質を死なすわけにはいかないだろうし、食わせないでいるなら限界がある筈だ。そろそろ何かしらリアクションをして来ると思う。」
僕を不安から守るように、アレク様は抱き締めて頭を撫でながら言い聞かせてくれる。
アレク様が一番辛い筈なのに…。
僕の方が力にならなければいけないのに…。
そうしていると、いきなり事が動く。
光の教団が僕とアレク様の身柄を要求してきた。
人質と交換だと。
当然アレク様は突っぱねた。
「最低でも人質の生死を確認させるべきだろう?」
既に命を奪っていたら、僕達が言いなりになる必要が無い。
アレク様の条件を聞くと、光の教団の使者は、人質の無事を確認させる事を約束した。
何だか先が見えない。
「罠だろうと今行かなくては、人質は百%殺される。」
「それは間違い無いですね。」
アレク様の決断は妥当だ。
「俺達二人で行く。」
「そんなの危険過ぎるっ!」
アレク様の言にリシェールが反発する。
「人間であるお前や陽太、シェイネス家は、相手が神ならば行っても役に立たない。」
「っ…!?」
酷い言い方だけど確かに人間では歯が立たないから。
「リシェだけならば俺が必ず護る。ファルセアには後方…帝国からその後ろのルキウスを守って欲しい。」
「わかったわ。でもヤバイと感じたらそっちに駆け付けるからね。」
姉さん、父さん、母さんがアレク様の転移で帝国に向かう。
僕とアレク様は教団の使者と共に、教団の本部へと付いて行く。
光の教団は、昔は恐ろしく影響力があった。
リシェールが光の教団を国から追い出し、僕とアレク様の、闇の人達の救済活動により、他国も闇の人達を受け入れ始めた。
だから今は光の教団の力は弱まっている。
教団の力が弱まるという事は、崇めている対象の神への祈りが減る。
つまり崇める対象の信仰が減るからその神は力が弱まる。
でもこの場合、崇める神は光神である僕と姉さんだ。
つまり最初から光の教団は僕達の意に反していたから、教団の力が弱まった今の方が僕は強くなってる。
巨大なコンテナの前に辿り着いた。
中には人がぎゅう詰めだった。
その状態で何日も……。
子供も居る。
酷い……人間の扱い方じゃない。
もう今にも倒れてしまいそうなのを堪える。
「早く…この人達を解放して下さい!」
声が震えてしまう。
「それには、光神様が我らの味方に付いて戴かないと。闇神には代わりの生贄になってもらおう。」
「どちらも聞けないな。」
アレク様がそう告げると同時に、中の人の身体が弾けた。
「あ、アレク様ぁっ!!」
目の前で起こる残酷な様に僕は腰を落としてしまいそうになる。
咄嗟にアレク様が支えてくれる。
余りの事に結界を解いてしまった。
「リシェ!結界っ!」
「はいっ!」
アレク様の言葉に反射的に結界を張る。
目を瞑ってもパンパンと、どんどん人が弾ける音がする。
「光神様残念です。貴方を処分すれば新たに正しき光神が生まれる!闇神と共に消えなさい!」
「なっ……リシェまで消す気か!?」
千五百人の人質の命を使った自爆魔法モドキがこちらへと放たれた。
アレク様の結界が消える。
「リシェ!!」
アレク様が僕を庇うように抱き竦める。
「アレク様っ!!」
嫌だ、庇われてアレク様だけ消えたらどうしよう!
アレク様と離れないように、僕は抱き合う腕の力を強める事しか出来なかった。
大量の命を啜った光が消えていく。
「アレク…様?」
「リシェ、怪我は!?」
「僕は何ともありません。」
痛みどころか何の衝撃も受けていない。
「俺も平気だ。」
パッと見、確かにアレク様も無事のようだけど、一応完全治癒を掛ける。
「どう…なったんですか?」
「見てみろ。」
アレク様が指を指す。
光の結界……僕の結界は壊れてなかったんだ。
「凄いな…。リシェが強いのは知っていたが…。」
「こんな、馬鹿な!」
光の教団の人間達がわらわら出て来た。
「貴方達がこんな術を使ったんですか!?」
僕は思わず声を張る。
ふざけてる…こんな事の為に…あんな犠牲を!
「闇に堕ち穢れた光神だから、闇の命では効果がなかったのだ!」
「人の命は尊いという事も、貴様らの教えには無いのか!?」
アレク様が声を荒らげる。
「穢れた命が浄化されただけの事。」
駄目だ…全く噛み合わない。
「貴方達の切り札は無くなった。」
僕はそう告げる。
「リシェ、悪いな。こいつらは消すぞ。」
アレク様は凄く怒ってる。
あんな人数を一瞬で無駄死にさせた報いを受けるのは当然…だから僕は頷いた。
「やはりどうあっても闇神に付くか……愚かな光神よ。」
不意に上から声がした。
と、同時に僕の結界に恐ろしく強い負荷が掛かる。
咄嗟に僕は結界に集中する。
「誰……あっ!」
ふわりと降りて来た地の神。
僕の結界を破ろうと技を連発してくる。
僕の結界の中でアレク様が風魔法に闇魔法を重ねて展開し、地の神を撃つ。
地の神がアレク様の魔法を喰らって転倒する。
すぐに次々と他の神が姿を表す。
「アレク様…。」
「大丈夫、リシェは強い。」
不安でアレク様に呼び掛けたら、微笑でそれだけ言ってくれた。
うん、大丈夫だ。
アレク様と一緒ならば。
「リシェ!!」
背後から走って来た姉さんの声がした。
「姉さん!」
「ファルセア、やはりお前も穢れたのだな。」
神々のリーダーのような老人が、姉さんを忌々し気に見詰める。
「はぁ?穢れって何ですかぁ?あたしは清らかな愛を育んでるし。あ、リシェとアレク君もだけど。大体がアレク君は良い事しかしてないわ。むしろあんた達の方が穢れてるじゃない!」
姉さんは鼻で笑って挑発する。
「小賢しい女だ!光神は二人共失敗作だ!滅べ!!」
老人の合図に一斉に他の神々が僕達に向けて神力を放って来る。
僕は結界を目一杯で掛け、その外を覆うようにアレク様が闇の結界を張る。
アレク様は隙を窺って繊細に力を操作して、神々に攻撃を当てていく。
僕は結界にただ集中する。
「喰らえっ!!」
大勢の光の教団の人間が僕達の後方狙う……闇の帝国の方面だ!
「あ、アレク様…っ!帝国がっ!」
「大丈夫よ。あたし達の家族が守っているわ。ルキウスは帝国の後方だから心配ないと思うけど、リシェール達が居るから安心しなさい。」
「わかった。」
僕は深く頷いた。
そうだ、みんなを信じてる。
姉さんが光をアレク様に移し、アレク様が全属性攻撃で攻撃を放つけど、他の神が召喚した人々を盾にする。
キリが無い。
こっちは人数が少ない分、消耗戦だと負けてしまう…。
その時、恐れていた事が起きた。
「拙いっ!」
姉さんが青ざめた。
神の内の二人が自害した。
神による自爆攻撃はどんな障壁も打ち破って、術を掛けて来る。
昔姉さんがこれでやられたと聞いた。
「ファルセア!弟共々再び喰らうがいい!」
「リシェ!!」
術から僕を守ろうと、アレク様と姉さんが僕を抱き締める。
「ば…馬鹿な!!」
ざわつく声に目を開けた。
結界にガンガンぶつかる音がしてるけど、術がぶつかって砕ける。
僕の結界が術を防いだ。
「リシェールめ、この化物が!」
僕を憎々しく睨む老人。
けれど手が無くなったんだろう、攻撃は沈黙してる。
でも……このままじゃまた同じ事が繰り返される…。
「アレク様、姉さん…僕を、信じてくれますか?」
「俺は常にリシェだけを信じている。」
「そうよ、愛する弟を信じなくて他に誰を信じるの?」
二人は笑顔で答えてくれた。
すぐに僕は詠唱を始めた。
アレク様が光を姉さんに返して、姉さんが僕の結界を継いでくれる。
「こ…このスペルは…!」
老人はさすがに古き神だからか、何の術か気付いたらしい。
僕を止めようとしたけど、もう遅い。
この術は敵味方関係無く、誰も逃れられない。
術者本人も。
この場に居る人……いや、この世界『セント・フリージア』に居る者全員が対象になっている。
「貴方達が正しいか、はっきりさせましょう!」
『神判』の術……全ての属性に有効な『破壊神』の力を発動した僕は、術に包まれて身体が動かなくなる。
アレク様、姉さんも勿論、敵全員も。
この場に居ないのに術に掛かっている家族やリシェール、陽太さん。
そして……多くの人々はさぞかし不安だろう。
「よせ、止めよ!」
「貴方達が正しいなら恐れる必要は無いでしょう?」
理に問い掛ける神術。
理が善悪を判定して、間違っている方が滅ぶ。
通常と違い魂も滅ぶから、滅ぶ方はもう転生なんて出来ない。
僕はこの世界全てを判定に掛けた。
視界にアレク様と姉さんが映った。
二人共一切の不安の無い表情を浮かべていたので、僕は微笑を二人に向けた。
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