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第1話

 「オイ昴!次の講義、代返頼む」  ロッカールームから出て、次の講義までテラスの椅子にでも座ろうと一歩を踏み出した僕に、そう声を掛けてくる人物がいる。  僕は声がしたテラスの方に視線を泳がせると、いつものように何人かと一緒に山内洋介君の姿が目に入ってきた。  「わ、解った!」  ぎこち無く洋介君の方に片手を上げて、俺は気不味さにテラスでは無くスタスタとその場から離れて行くと、後ろでクスクスと洋介君の周りにいた人達が笑っているのが耳に入り、僕は更に歩くスピードを上げる。  テラスを出て外にある中庭のベンチに腰を落ち着けると、僕は小さく溜め息を吐き出す。  「ハァ~……、苦手だ……」  あのキラキラとした雰囲気は出会った当初から苦手だ。それが気付けば自分の身近になっている事も、未だに信じられない。  「何が苦手なんだ?」  突然後ろから声をかけられ、僕はビクリッと肩を持ち上げる。そうして声がした方にユックリと首を回すと  「宮本君……」  そう名前を呼ばれた彼は、無表情でベンチを回って僕の隣に座り  「嫌なら断っても良いんだぞ?」  ボソリと呟いた後、チラリと僕の顔を見詰めた彼に、僕は苦笑いを向け  「別に、嫌なわけじゃないんだ……。僕なんかが彼にしてあげられるのなんてこれ位しか無いし……」  ボソボソと呟いて下を向く僕に、宮本君は呆れたように軽く鼻から息を吐き出し  「運命の番も、相手があれじゃ大変だな」  先程僕に講義の代返を頼んだ洋介君の事を言っている台詞に、僕はハハッと笑い  「イヤ、むしろラッキーなんじゃないかな?」  なんて返事を返す。  僕、本郷昴と先程の彼、山内洋介君は運命の番だ。  この世界には男女性の他に六つの性が存在する。バース性と呼ばれるその性は、α、β、Ωの男女が存在し、αとΩには特殊な特徴がある。それは二つの性が番関係を結べるという事だ。  Ω性は三ヶ月に一度一週間程度の発情期、ヒートと呼ばれる期間があり、その時にαを誘うフェロモンが通常よりも多く発せられる。その時にαがΩの項を噛む事によって、婚姻よりも強い番関係が結ばれるという。  そして、都市伝説に近い内容でαとΩには運命の番。というものがあるらしいが、それにどうやら僕と洋介君は当てはまっているらしい。都市伝説と言われるほど、運命の番と出会う確率は少ないのだが、どうやら僕は運が良いのか通っている大学で洋介君と出会えた。  「ラッキーって……、そう言える本郷は凄いな」  隣から呆れているのか、心配しているのか解らないニュアンスで宮本君が言うので、僕はキョトンとしてしまい  「凄くは無いでしょ?」  「………………、素で言ってんのか?あぁも俺達αを使えるΩなんて、嫌じゃ無いのか?」  「僕が持ってないモノを持ってる洋介君は凄いよねッ」  「あ~~~……、駄目だなコリャ……」  そう、僕はαだ。  昔からαは家柄が良くて、金持ちで、運動や頭脳、見た目に至るまで完璧な何でも持ってるハイスペックなイメージがある。  ウン。それは間違っては無い。現に僕の隣に座っている宮本君なんて、絵に描いたようなαだ。だけど、僕は違う。  家柄は……、まぁソコソコ名の知れた名家に生まれ育ったけど、運動は出来ればしたくない位苦手だし、頭だって中の上くらいでそこまで出来るワケじゃ無い。見た目は……、運動しなくてもそれなりにαのおかげなのか筋肉は付いてるが、元々ヒョロい僕にはそんなに逞しい筋肉は付いてないし、顔立ちだって男らしいよりは女顔。  昔は歳の近い姉のお下がりをよく着ていたから、クラスの皆から『男女』や『オカマ』なんてからかわれて、それがトラウマというかコンプレックスで自分の顔が好きじゃ無いし、見られたく無くて前髪を目の下まで常に伸ばしている。  大学で一人暮らしを始めたが、家に帰ったら高校の時のジャージを寝間着代わりに今だに着るし、休みの日は外にも出ずに録り溜めしているアニメを見るか、ゲームをして過ごす位だ。  αとしての素質みたいなモノは、僕の場合限り無く薄い。  αもΩと同様フェロモンが出る体質なんだけど、僕の場合は抑制剤を飲んで無くてもΩを獲得できる程のフェロモンが出ないのだ。まぁ、一応外に出る時は抑制剤を飲んではいるけど……。  だから今まで恋愛関係になった人はいないし、Ωからのアプローチなんて無かった……。ン~……、無かったは大袈裟だけど、結局僕にアプローチしてきてくれたΩの人達は全員僕の家柄に惹かれた人達ばかりだったから……。けど、鼻は人よりも良くて匂いには普通に反応するからΩフェロモンは嗅ぎ分けられる。  ただ、今まで僕の好きな匂いには出会った事が無かったんだけど……、唯一洋介君だけは違ったんだよね。  洋介君と出合ったのは最近だ。  大学に入って今年で三年になるけど、それまで近くで絡んだ事が無かったからお互いがそうだとは気が付かなかった。  僕が通っている大学の学科は一クラスが五百人位で多く、三年になるけど話した事も無い人は未だに沢山いる。その中で洋介君は目立つグループにいて、入学当初から僕は遠巻きに彼を見ていた。  彼はΩだが、見た目は完璧にαだ。  Ωのイメージはきっと華奢で儚く、守ってあげたい対象っていうのが一般的にあると思うけど、彼は僕より逞しい。身長も僕より高くて、鍛えている体には綺麗に筋肉が乗っている。顔も男らしい顔立ちで、僕もあんな顔になりたかった……。  モデルみたいな彼を周りがほっとく筈も無く、常に彼の周りには四、五人の人達が囲んでいて、その周りの人達も凄く目立つ人達ばかりだ。  洋介君がΩだと解るのは、彼が常に着けているチョーカーがあるから。  これは無闇にαがΩの項を噛んで番関係になるのを止める物だ。僕達バース性のαやΩは基本的にフェロモンを抑える抑制剤を飲んでいるので、洋介君みたいにチョーカーを着けているΩは逆に珍しい。  出会ってからしばらくして、一度彼に  『抑制剤を飲んでるのなら、チョーカーは不要では?』  と聞いた事があるが、その答えは  『俺のフェロモンにあてられてセックス中に噛まれたら嫌だから』  だった。  運命の番からの衝撃的な答えに、僕は何も言い返す事が出来なかった。そんな僕を見て洋介君は笑いながら  『お前にも噛ませるつもりはね~よ?』  なんて、ハッキリ言われてしまって……。  告白するも何も、始まってもいない段階でフラれてしまっているんだけど、それでも彼の側は僕にとってとても居心地が良い。  彼から匂ってくる香りは、花のような……お菓子のような甘い匂いなんだけど、時たま柑橘系の爽やかな匂いもして……。彼の側にいるだけで僕は割と幸せな気分になってしまうから、番関係とか恋人関係以前に、推しの近くにいれるだけで満足……みたいな感じになってしまった。  まぁ……、恋愛経験の無い僕にしてみたら、何をどうやっても彼は高嶺の花ってやつで……。運命の番ってだけで彼の側にいれてる現状は奇跡みたいなものだなって思う。  洋介君とお近付きになれたのは、僕の隣にいる宮本君のお陰だ。  必修科目の講義が終わって、席を立って講義室を出ようとしていた僕は机の上にあったスマホを発見。学生課に届けようとそのスマホを持って歩いていると着信があって、持ち主かな?と思って出たらビンゴだった。中庭にいるから届けて欲しいと頼まれて向かうと、宮本君と洋介君、それに何人かの人達がいた時に洋介君から凄く良い匂いを感じて体が動かなくなったのを覚えている。  それは洋介君も同じだったみたいで  『あ?何お前……。俺の番?』  信じられないといった感じで呟かれて、僕は首まで真っ赤になってしまった。  後から教えてもらった事だけど、洋介君はあんまり相手のフェロモンを感知するのが得意では無いらしい。匂いに鈍感だからαのフェロモンにもあまり反応出来無くて、万が一αが発情してラットになってしまったら、匂いに鈍感な彼は反応が遅れてしまう。それもあってチョーカーを着けているみたいだ。けど、僕のさしてあまり出ていないフェロモンの匂いは解ったらしく、それで僕が自分の番だと理解したとか。  だけど、自分の運命の番がこんなだから側には置いてやるけど、絶対に番わないとその時に宣言されてしまって……。周りにいた人達も同情するか面白がっているかのどちらかだ。  「本郷?そろそろ行こう」  「あ、そうだね」  宮本君に声を掛けられ、僕達は次の講義に向かうべくベンチから腰を上げた。

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