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第2話
「はいこれ、次の講義のレポート」
数日後、いつものようにテラスで何人かとテーブルを囲っている洋介君に、僕はスッとレポートを差し出す。
「お、じゃ行こうぜ昴」
ガタガタとそう言って席を立とうとする洋介君の腕を、βの子がグイッと引っ張って
「え?次の講義出るの?」
と、引き止めている。
「ん?あぁ、次はこのレポート提出しないと駄目だから久し振りに出るわ」
面倒臭そうに呟いている彼の傍らで、引き止めているβの子がギッと僕を睨んでいて、僕は居心地の悪さに一歩後ずさると
「えぇ~、それも昴君に提出してもらったら良いじゃん?一緒に遊びに行こうよ~」
媚びるように洋介君の腕をブンブンと振り回しながら言うβの子に、一瞬洋介君は僕の顔をチラリと見てから
「ン~、無理かな?このレポートちゃんと本人が出さねぇとカウントしてもらえないヤツだし。またな」
掴まれている腕をソッと引き剥がして、洋介君はβの子の頭にポンポンと手を置いてから
「行くか」
次いでは僕を見ないでそのまま歩き出してしまうので
「ぅ、うん……」
僕も慌てて洋介君の背中を追う形になるが、僕の背中でチッと舌打ちが聞こえて、僕はギュッと目をつぶる。
テラスを出て、講義室に向かう途中不意に洋介君が僕の方に振り返り
「コレやるわ」
言いながらポイと何かを投げてきたので、僕は咄嗟に落とすまいとアタフタしながら宙を舞った物を両手でキャッチする。
僕の両手に落ちてきた物は、今コンビニでペットボトルの商品とコラボしているアニメのフィギュアだった。
ペットボトルのキャップ部分に小さい袋が付いていて、その中に僕の好きなアニメのフィギュアが入っている物だ。
「コレ……」
何で僕がこのアニメが好きって事知ってるんだろう?
嬉しさに口元がニヤけながら呟いた僕に
「あ~、なんか買ったら付いてきたから。お前、そういうの好きそうだよな?」
なんだ。好きとか知らないでただ買っただけか……。まぁ、そうだよな。僕がアニメ見てるとか誰にも言ってないんだから、知らないよな。
「うん、ありがとう」
けれど、洋介君がくれた物だ。好きなアニメのフィギュアにそれだけで更に付加価値が付く。
「ケホッ」
前を歩く洋介君が乾いた咳を一つする。
「具合、悪いの?」
少し早足で洋介君の隣に行き、顔を覗き込むように尋ねるが
「たいした事無ぇ」
「けど……、熱は?」
言いながら僕は片手を洋介君の額に伸ばしたが
パシンッ。
伸ばした手に痛みが走り、宙を舞ってブランと僕の横に戻ってくる。
「あ、ゴメン……」
叩かれて戻ってきた手をギュッと握り締めながら、ヘヘッと苦笑いを浮かべる僕に
「ッ……、行くぞ……」
「あ……うん……」
フイッと僕から踵を返して再び歩き出した洋介君の後ろを付いて行く。
講義室に入ると
「あ、洋介~!ここ席空いてるよ~」
すかさず誰かが洋介君の名前を呼んでる。
ウン、ヤッパモテるね。
僕はススス~……と洋介君から距離を取って、邪魔にならないように空いてる席を探してキョロキョロと顔を左右に振っていると
「本郷」
僕の名前を呼ぶ声に顔を上げれば、上の席から宮本君が片手を上げているので、僕は階段になっている通路を上がって彼の隣に腰を下ろした。
「洋介が講義受けるの珍しいな」
鞄を机に置いている僕に宮本君がボソリと呟くので
「今日はレポート提出あるから」
「あ~……、お前がやったレポートだろ?」
「……フフ」
「笑ってんなよ。良いように使われてるだけだろ?」
片肘をついてその上に顔を乗せながら、何段か下の席で知らない誰か達と楽しそうに座っている洋介君を見下ろしながら宮本君が言う。
僕は反応に困って笑った後に、気になっている事を彼に尋ねてみた。
「そう言えばさ、今日洋介君体調悪そう?」
宮本君の視線を追って僕も洋介君を見ながら聞いてみる。
楽しそうに喋っている彼は、時折先程と同じような乾いた咳をしているからだ。
「あ?そうなのか?気付かなかったけどな」
「そか」
宮本君は洋介君のグループにいても、あまり洋介君とは関わらない。それは、自分が狙っているβの子が洋介君のグループにいるからだ。そして彼は洋介君の事が好きで、お互い合意の上で体の関係にある。
洋介君のグループにいる誰もが一度は洋介君と体の関係がある。それは彼が発情期になる度に、誰かが相手をしているからだ。
けど、僕と宮本君は洋介君にとってそういう対象では無いようだ。
前の席でワイワイと騒がしくしている洋介君達を眺めながら、僕は自虐的に口元を引き上げる。
タイミング良く入室してきた講師に、僕は彼を見ていた視線を上へと引き上げた。
講義が終わり、レポートも提出出来て僕は講義室を出て洋介君を探す。
駄目元でもう一度体調の事を聞いてみようと思ったからだ。
キョロキョロと出てくる人波を見ながら彼を探していると、数人周りに囲まれて洋介君が出てくる。
僕は一歩足を踏み出したところで
「洋介~、一緒にお昼行こうよ」
ドンッと後ろから体をぶつけられ、ニ、三歩よろけると
「オイ、大丈夫か?」
と、僕を支えてくれたのは宮本君。
「あ、ありがとう……」
宮本君にお礼を言っている間に、洋介君は流れるように僕達の前を通り過ぎて行ってしまう。
「洋介に何か用があったのか?」
視線でずっと追っている僕に、宮本君がそう聞いてくるが
「イヤ……もう大丈夫」
僕は苦笑いしながらそう答えて、洋介君達が行った方とは逆に足を踏み出した。
お昼過ぎから降り出した雨は、講義が全て終わる頃には土砂降りになっている。確かロッカーの中に折り畳み傘があったはず。
雨のせいで気温も少し下がっているのか、肌寒さを感じて早く家に帰ろうと僕は傘を取りにロッカーへと向かう。
折り畳み傘を掴んで、使わない教材をロッカーの中へしまい内履きと外履きを履き替えて外へと続く扉を開ける。
重く暗い雲から止めどなく降り続く雨に、僕は手に持っていた傘を広げてパシャと音を立てて歩き出す。
しばらく下を向いて歩いていると、前から聞き覚えのある声が聞こえて視線を上げて見れば、洋介君と知らない誰かが一つの傘に入り前を歩いている。だが、何だか様子がおかしい……。
「何だよそれッ!」
「……うぜぇ、離れろよ」
「~~~ッ」
ドンッ!!バシャッ!
エッ!?
さっきまであんなにピッタリとくっついていた相手が洋介君を突き飛ばし、彼がよろけながら傘から外に出てしまう。
「ッ……オイッ!」
洋介君が嫌そうに相手に怒鳴るが、相手は我関せずの態度でスタスタと歩いて行く。
僕はハッとして洋介君の側まで走ると、サッと傘を彼にさす。
「……お前……」
「だ、大丈夫?」
僕の持っている折り畳み傘じゃ二人入るには小さ過ぎるから、洋介君に雨があたらないようにしながら声をかけると、あからさまに嫌そうに眉間に皺を寄せた顔が僕を見詰めて
「何でも無い、余計な事すんな」
さしていた傘をグイッと僕の方に戻しフイと顔を横に向けると、洋介君はバツが悪そうに僕の前から歩き出そうとしたが、フラリと足元がグラつく。
「アッ、ぶないッ」
僕は咄嗟に彼の腕を掴んで支えるが、その腕から熱が伝わってくる。
………熱い。あれから体調が悪化してる?
「オイ、離せよッ」
僕に支えられてるっていうのが気に入らないのか、腕を上に振りあげて離そうとするが僕はその腕を離さなかった。
「駄目だよッ」
まさか僕が声を荒げるなんて思っていなかったのか、洋介君は少し驚いたような表情で僕を見返す。
「体調、悪いんだろ?お昼前よりも熱上がってるんじゃ無いの……?」
体は熱いのに、顔はさっきの講義を受けた時よりも血の気が引いている。できるならこのまま洋介君の家まで送って行った方が良いよな?と考えていると
「ハッ……生意気……。オイ、お前の家どこだ?」
最初の呟きは傘にあたる雨の音で聞こえなかった。
「え?僕の家……?」
「自分家まで、もたねぇ……」
「ッ!!すぐそこだから、頑張れそう?」
掴んだ腕を自分の肩に回して歩き出した僕を、洋介君は振り解かなかった。
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