3 / 10

第3話

 一人暮らしをしている僕の家は、大学の裏手にあるマンションだ。学生向けではあるものの、セキュリティはしっかりしているし、リビングダイニングにもう一部屋別にある部屋で、ゆったりしている。  その分家賃もソコソコするが、両親がワンルームでは駄目だと言って僕が目星を付けていたところは軒並み却下になってしまった。だから大学から一番近いところにしたのと、一番の決め手は隣にコンビニがあるからだった。  料理は好きで自炊はするが、それとは別でコンビニが近くにあるのは何でか落ち着く。  ガタガタと音を立てて玄関に入ると、取りあえず洋介君を座らせて靴を脱がせる。  僕が彼の腕を肩に回して歩き出すと、相当我慢していたのか、グッタリと体重を僕に預けて歩いていたから。  「洋介君着いたよ。ホラもうちょっと頑張って」  僕も自分の靴を脱いで再び彼の腕を肩に回して立ち上がる。  お、重い……ッ。けど、洋介君が気を失ったら、きっと僕一人じゃ動かせ無かったんだろうな……。  そう考えるともっと鍛えないと駄目だな……なんて、自己嫌悪。  洋介君はハァハァと苦しそうに荒く息を吐いていて、歩き方もフラフラだ。僕は時折彼に持っていかれそうになりながらも、寝室の扉を開けてベッドの上に彼を座らせると  「タオルと着る物出すから、濡れた洋服脱げれる?」  そう一言声をかけて、僕はタオルを取ってこようと一旦寝室から出る。  タオルと……バスタオルも持って行った方が良いかな?冷えピタどこにしまったっけ?  タオルを取って、リビングダイニングに行き、キッチンの戸棚の引き出し一つを救急箱代わりにしているからそこを開ける。  冷えピタあった。えっと……風邪薬?解熱剤?……取りあえず解熱剤だな。あ、後飲み物……。  そのまま流れるように冷蔵庫を開けて、冷えた水のペットボトルを持って急いで寝室に入ると、僕の言い付け通りに着ていた服を脱いでいる洋介君がベッドに座っていて……。  ウワッ……。は、初めて……裸……。イィ、ヤ、イヤイヤ、何見惚れてるんだよッ!服をッ!  「こ、コレ取りあえずタオルで頭拭いてて……ッ」  グイッと押し付けるようにタオルを渡して、僕はクルリと洋介君に背中を向けるとクローゼットからサイズの大きいスウェットを取り出すと  「コレ、サイズ大きいと思うから、コレ着てッ」  緊張に早口でそう言って、再び背中を向けると、ゴソゴソと差し出したスウェットを着ている布ズレの音が聞こえる。  「………………着れた」  ボソッと洋介君が呟いた台詞に僕は彼へと向き直り  「ベッド好きに使ってくれて良いから」  言いながら彼の側へと行き、掛け布団を剥いで中へ入るように促すと素直にベッドの中へと入ってくれる。でも、寝転がる前に  「一応解熱剤持って来たから飲んで」  バスタオルに包んだコップを出して、ペットボトルから水を注ぐ。解熱剤を差し出し飲ませようやくベッドへ寝てもらう。  「ゆっくり休んでね」  僕はそう言って、洋介君の額に冷えピタを貼り付けた。  僕の一連の流れを何も言わずに見詰めている洋介君に、僕はハハッと笑いかけて寝室を出て行く。  バタン。  えっと~……。取りあえず水じゃ無くてポカリとかの方が良いのかな……。ゼリー?プリン?……、うどん……?おじやとか?  「……全部しようッ」  寝室の前で力強く頷き、僕は財布を持って自宅を出る。  あらかた必要かな?と思うものをコンビニから買って帰って来てから、ソッと寝室を覗く。  ベッドで寝ている洋介君は、歩いていた時に比べれば解熱剤のおかげなのか息も荒くなく僕はホッと胸をなでおろす。  ベッドの下に放ってある彼の洋服を拾い上げ、音を出さずに寝室から出ると  「洗濯……」  ブツブツ呟きながらバスルームへ行き、洋服のポケットを弄る。  財布とスマホ、鍵。……他は入って無いな。  確認していると、洋服から洋介君の匂いが漂って僕の鼻腔をくすぐった。  …………………。  頭では駄目だと理解しているが、僕は震える両手を持ち上げてスゥ~と洋服に鼻を押し付け彼の匂いを肺一杯に吸い込む。  やっぱり洋介君の匂いは良い匂いだ。他のΩの誰とも違う。  名残惜しいが洋服を離し、洗濯機の中へ入れて回す。  「僕も着替えよう……」  その場で自分も濡れた服を脱ぎ籠の中へポイすると、そのままリビングへ行く。ソファーの上にあるジャージを手にとって着ると  「夕飯の準備でもしとくかな」  と、キッチンへと向かう。  冷凍していたご飯を二人分出して、洋介君用におじやの具材を切って小鉢に入れておく。そうして自分の晩御飯の準備を終えると、キッチンにある戸棚から再び今度はΩ用の抑制剤と風邪薬を取り出す。  晩ごはんを食べたてもらったら、ちゃんとどちらの薬も飲んでもらおう。何かあったら困るのはきっと洋介君の方だと思うから……。   「………………課題でも、しとくかな」  独り言を呟いて、僕はソファーへ座るとテーブルの上にあるノートパソコンを開いて今日の講義で出た課題をするべく集中しようとする。……………が、僕の部屋に洋介君が居るんだと意識してしまえば、寝室が気になって課題が進まない。  僕の部屋に……居るんだよなぁ……。  ジワジワと有り得ない事が現実になっているんだと実感が湧いてきて、僕は嬉しさにフフと口元を緩めてしまう。  僕は洋介君が自分のΩだと気付く前から彼の事は良いなと思って見ていた。  僕とは全く違う見た目や性格にまず惹かれた。堂々としていて誰に対しても物怖じせず、自信に溢れている。僕は昔の事もあって、人の顔色を窺ってしまうから……。それはもう癖みたいなもので、自分では意識しなくてもそうしてしまうから、それにイラッとしてしまう人も多い。  それに彼は取り巻きにいるβやαに対して基本的には優しい。今日見たβの人とのいざこざは初めて目にしたくらいだ。だっていつも人に囲まれている彼がその人達の事をぞんざいに扱えば、困るのは洋介君になるからだ。  Ωの洋介君にとって彼等はいなくてはならない存在だ。彼の熱を発散するためには……。だから彼等には優しいし、偏らないように気を使っている。  ……、取り巻きの人達で洋介君の取り合いとか見た事無いし……、彼に対して不平不満も聞いた事は無い。それは洋介君が上手く彼等を統率しているからだ。  その辺も、僕には無い才能なんだよな……。本当はαである僕が備わっていないといけないものだが、本当に僕と洋介君は何もかもが反対だ。  洋介君がαで僕がΩだったなら、バランスが良かったのかも……。  当初は彼の取り巻きの人達も、僕が彼の運命の番だという事でかなり警戒された。それはそうだろう、だってもしかしたら洋介君を独り占めされるんじゃ無いかって気がきじゃ無かったと思う。けれど蓋を開けてみれば、彼は今迄と変わらなかったし、僕に対してはそういう対象では無く……、何ていうか……、パシリみたいな?都合の良い……、子分みたいな?扱いで……。それに安心したのか彼に対しての好意を僕の前でも出すようになった。人によっては自分よりも下に見ている人もいる。  けれど僕はそんな事気にしない。あからさまに態度に出る取り巻きの人達は時に怖いけれど、彼等も僕と同じ洋介君に対して片想いをしているから。  そう、僕は彼に片想いしている。こんな感情を他人に向ける事自体が初めてだ。洋介君にとって僕は恋愛対象では無いだろうし、ましてや番とも思われていない。  でも……、側にいたいんだよな……。  何故か彼の側は僕にとっては心地良い。僕が出来る事なら何でもしてあげたいと思えてしまう。それが例えフェロモンにあてられた本能だとしても、そう思える人に巡り会えたのだから。  寝室が気になり過ぎて何度か部屋に入って洋介君の様子をうかがう。一度額に貼ってある冷えピタを取り替えて、進まない課題をダラダラとしていると  カタ。  物音に、そちらに顔を向けると寝室から出て来た洋介君と目が合う。  「よ、洋介君ッ……どうしたの?」  バッとソファーから立ち上がって、彼に近付こうとする僕に  「……腹、減った」  ボソリと呟いた彼の台詞に僕は少しホッとして  「すぐに何か作るよ、もう少し寝てたら?」  食欲が出てきたのは良い事だ。僕は洋介君にそう言いながら寝室に戻るように促してみるが  「イヤ、大分楽になったから……」  「そ、そっか……あ、じゃぁこっち座って」  僕が座っていたソファーにどうぞと片手をそちらに伸ばすと、洋介君は僕の方へと近付いて来るので  「すぐ、何か作るね」  スススと彼から離れてキッチンの方へと向かう。  「何でもしてて良いから、テレビのチャンネルはテーブルの上にあるから」  彼が退屈しないように一声そう掛けてから、僕は準備していた洋介君用のご飯を作っていく。  出来上がり普段使わないお盆を出して、その上におじやとゼリー、プリン、桃缶を器に移して洋介君の所まで持って行くと  「さ、寒くない?そこの膝掛け使って……」  持ってきたお盆をテーブルに乗せて、ソファーの端に置いてあった膝掛けを洋介君の足に広げ  「味は大丈夫だと思うから……どうぞ」  「……………、桃?」  テーブルに置かれたお盆を眺めながら彼がボソリと呟いた。  「え?……あ、変かな?……僕の家では風邪ひいたらコレが出てくるからツイ……」  僕が話していても視線は桃にいって何も言わない彼の態度に、もしかして嫌いだったのかと焦って  「嫌いだったら、ゼリーとかプリンを……」  「頂きます」  言っている僕の言葉を遮って、洋介君はキチンと挨拶するとスプーンを手に取っておじやを食べ始める。  「あ、……ハイ。どうぞ」  カチャとスプーンとどんぶりがぶつかる音がする。彼はスプーンに掬って口元に持っていき、僕が作ったものを口の中へ入れた。  僕はドキドキしながらそれを見詰めていると、コクリと咀嚼した後に洋介君の表情がホッと緩む。  ただそれだけの事だったけど、彼の表情が緩むのを見て僕の方もホッと胸を撫で下ろす。  良かった、口に合ったみたいだ。  「お前は?……食わね~の?」  おじやを頬張りながら僕に聞いてくる彼に  「ん?あぁ、僕はもう少し後で食べるよ」  「フ~ン……。世話になったな」  「え?」  まさか洋介君からそんな言葉をもらえるなんて思わなかった僕は、一瞬固まってしまう。そんな僕の態度を見て洋介君も思うところがあったのか、気不味そうな表情を浮かべて  「……、大分良くなったから、そろそろ帰る……俺の服は?」  「は?帰るって……、駄目だよッ!それに洋介君の服はもう洗濯しちゃった……」  「………、洗濯……。でもそうしたらお前どこで寝ンの?」  洗濯の一言で帰るのは無理だと理解したのか、ため息混じりにそう尋ねられ  「僕は大丈夫だよ、そのソファーで寝るし気にしないでゆっくり休んで」  「………そうかよ」  言いながら洋介君は食べ終わったおじやのスプーンをカランとどんぶりの中に放り投げ、迷わずに桃が入っている器を手に取ると刺さっているフォークで一口桃を食べる。すると美味しかったのか少し驚いた表情になって、次いではパクパクと食べ始めた。  「たまに食べると桃缶って美味しいよね?僕も風邪引いた時位しか食べなかったから、あると何か嬉しかったなぁ」  「………………」  僕の台詞に何も言わずにジッと見つめられ、何か変な事でも言ったのだろうかと不安になった僕は  「あ、そうだ。薬飲まないとね!」  用意していた薬を取りに立ち上がり、冷蔵庫からポカリを取って彼の側へと行く。  コップの中に注いで、テーブルの上に薬を置くと  「あ?Ω用の抑制剤……?何でお前持ってんの?」  風邪薬の隣にあるカプセルを見て、洋介君が呟くので  「一応、持ってるんだ。何かあった時に困るのはΩの人だから、さ……」  「フ~ン、困る事なんてあるのかよお前」  僕の台詞に少し棘のある言い方を返す彼の言葉に、僕は両手を彼の方へと向けて左右に振りながら  「い、イヤ無いよッ無いけどッ!一応だよ?一応ッ!」  しどろもどろに答える僕に、彼はチラッと僕を見てから  「ま、別にどうでも良いけど……」  「………………、ハハッ」  必死に否定した僕に興味が無いのか、フイと顔を逸して呟く彼の言葉に苦笑いを浮かべる。  テーブルに置かれた薬を取り、素直に飲んでくれる。  「あ~~……、じゃぁごちそう様……」  「ウン、ゆっくり休んで」  ソファーから立ち上がり、僕の隣を通り過ぎてパタンと寝室のドアを閉めた。  「ハァ~……」  緊張の糸が切れたように、僕は大きく溜め息を吐き出す。こんなに洋介君と同じ空間にいた事は無いし、喋った事も無かったから緊張していた。しかも自分が作ったご飯を彼が食べているって事も僕からしたらドキドキだった。  でも良かった。全部食べてくれたから、不味かったって事は無さそうだ。  「僕も何か作って食べよう……」  この後、洋介君の洋服を乾燥機にかけてもう一度寝室を覗いて冷えピタを変えて……、何も無かったら寝ようかな。  そんな事を考えながらお盆を手に取り、僕も自分のご飯を作ろうとキッチンに移動する。  晩ごはんをササッと済ませて、シャワーを浴びた後彼の服を乾燥機にかけて寝室を覗く。  ベッドで寝ている彼は大分息の仕方も楽そうで、僕は安心すると持ってきた冷えピタを変えようと新しいものを彼の額に押し付ける。  「う……ん……」  ぬるくなったものから急に冷たい感触が額に触れたせいで、眉間に皺が寄って小さく唸った彼に僕は起こしてしまったか?とビクリと固まったが、その後スースーと規則正しい寝息が聞こえるので、良かったと胸を撫で下ろし、そのまま彼の寝顔を眺めている。  …………、綺麗な寝顔だな。  スッキリと伸びた形の良い鼻梁。こんなに近くでマジマジと見た事無かったからだけど、思いの外睫毛も長い。厚すぎず薄過ぎ無い唇に尖った顎。  美術品かな?  触りたい衝動がムクリと出るが、気持ち良さそうに寝ている彼が僕が触って目を覚ましたらと思ったら怖くて触れない。  ずっと見てられるなぁ……。  ベッドの端に頬をくっつけて、ずっと横顔を眺めていた。

ともだちにシェアしよう!