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序
この世界は大きく二つの種族に分かれる。『人間』と『獣人』だ。
人間は何の力もない脆弱な存在だった。
しかし、知恵を絞り道具を駆使して独自の文明発展をさせている。人数は増え続け、今や地上で最も多い生き物となった。
対して獣人は獣が自在に人間の姿になれる種族で、獣の習性に従い自然の中で生きてきた。
特に肉食獣人の強靭な肉体と牙と爪を操る獣種は数さえ増えれば食物連鎖の頂点に立つだろうと言われている。
だが人間は獣人に人権を与えず、家畜や野生動物同様狩る対象として見ていた。この数十年で人間と獣人は平等だと掲げる者も増えているが、まだまだ対立姿勢は少なからず根付いている。
けれど近年新たな種族が確立された。背に羽を持つ人間『有翼人』である。
彼らは人間に羽が生えただけで元が獣の獣人とは違う。そのため獣人は人間が獣の領域を脅かすために作った兵器なのではと疑い、存在自体を否定した。しかし人間も同様に、獣人が人間に対抗するために作ったのではと考えた。
そのため有翼人は人間からも獣人からも迫害を受けることがあり、最も生きにくい種族となっている。
*
生き物の気配がしない入り江に、薄珂 は有翼人である弟の立珂 を背負ったまま倒れ込んだ。
立珂の羽はおそろしく巨大だ。それは十六歳にしては小さな立珂の体を覆い隠すほどに大きく、身体の自由を奪っている。さらには背中に負っている大きな傷から血が流れ、羽も服も真っ赤に染まっていた。
薄珂は羽がない分身軽だが、それでも全身傷だらけだ。立珂の血が染み服は真っ赤になっている。
「大丈夫だぞ、立珂。すぐ手当してや――っ!」
激しい頭痛が走り、薄珂は反射的に頭を押さえた。
「薄珂……あたまいたいの……?」
「……大丈夫だ。それより人間が追ってこれないとこに隠れないと」
薄珂は隠れる場所を探してきょろきょろするが、見えるのは闇深く光も差し込んでいない森と果ての見えない海ばかり。
とても潮風を防いで休めそうな場所はなく、それでも立珂を休ませなければと立ち上がろうとするが、その時ドスドスと地響きのような音が聞こえてきた。
(足音? 人間じゃない。獣か……?)
こんなに大きな足音をさせるなら相当な重量のある獣だ。薄珂は懐から小刀を取り出し、いつでも抜けるように帯に差し込んだ。
薄珂は身を隠せそうな大きな岩の陰に目を付け、立珂を負ぶって立とうとした瞬間激しい頭痛がして倒れこんでしまう。
「薄珂!? 薄珂!」
薄珂の視界がぐるぐると周り、とても立つことなどできない。
それでも足音はどんどん近付いてきて、もう間近に来ているのが分かった。薄珂は立珂を隠すように抱きしめたが、身体よりも大きな立珂の羽を隠すことはできない。
(今度こそ立珂を守らなきゃ……)
足音はついに薄珂のすぐ隣までやって来た。ふっと陰になり、かなりの大きさであることがうかがえる。
逃げなければと思っているのに薄珂の頭痛は収まらず、立珂を抱きしめたまま意識は途切れた。
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