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最終話 終わりと始まり

 薄珂は立珂を抱きしめてぼたぼたと涙を零し続けたが、ぱんぱんと天藍が手を叩いた。 「ほら、いつまでもぐずぐずするな。立珂はやらなきゃいけないことあるだろ」 「僕? 無いよ」 「あるって」  天藍が扉の方を見ると、待機していた老齢の小柄な男性がしずしずと入ってきた。その背には小さな羽が生えている。 「有翼人専門医の芳明だ。羽を小さくする方法を知ってる」 「「え!?」」 「ほっほっほ。これほど見事だと惜しい気もしますなあ」 「惜しくない! どうしたらいいの!? 僕頑張るから教えて!」 「ほ? 頑張ることなんかありゃしませんよ。ちょっと失礼」  芳明は立珂の羽にずぼっと手を突っ込むと、わさわさと掻き分け何かを探しているようだった。  なかなか見つからないようで、ちょいとごめんよ、と自分まで羽に入ってしまう。 「お、おじいちゃん。大丈夫?」 「おお、あったあった。ふんっ」 「ふやぁぁぁ!」 「立珂!? 立――……わああ!」  芳明が何かしたようで、立珂はぞわぞわするぅ、と叫んで薄珂にしがみ付いた。  震える立珂を抱きとめたが、しかし薄珂の目線は立珂の羽に釘付けになっていた。 「立珂。見てみろ」 「えええ~? くすぐったいんだけど……お?」  立珂の肌をくすぐっていたのは立珂の羽だった。けれどそれは背中に生えている物では無い。背中からごっそり抜け落ちた羽根だった。 「……え? 病気?」 「普通だよ。有翼人の羽は一本が連なってるんだね。大元を抜けば一斉に抜ける」 「え、あの、これが普通なの?」 「普通は子供の頃から間引くもんだ。親が有翼人じゃないと知らん子が多いね」 「森で人間の親育ちです……」 「だろうね。抜くとこ覚えればすぐにできる。これは誰かがやってやらんといけんな」 「薄珂ぁ」 「俺やる」 「よしよし。付け根を触ってごらん。ぷっくりしてるとこがある」 「……これ?」 「そうそう。そこのを抜く。抜いてみい」 「まってー! またぞわぞわする!?」 「するね。お前さん随分ため込んでるから」 「うう~……」 「抜くぞ、立珂」 「うん……」  立珂は違和感に身構えて、薄珂はえいっと一枚引き抜いた。するとずるんと一列丸ごと抜け落ちる。 「ひゃああああ!」 「立珂! 大丈夫か!」 「なんかにゅる~ってするの~」 「我慢せえ。歩けない方が困るだろうに」 「……薄珂! 抜いて! どんどん抜いて!」 「あ、ああ。これどのくらい抜くもの?」 「好きなだけ。抜けるとこ全部抜いたら儂くらいになるよ」  芳明はくるりと背を見せてくれた。  体より大きい立珂とは真逆で、上から服を着ても多少もったりする程度しかない。ゆったりした大き目の服を着たら有翼人とは分からないだろう。 「けど一度抜くとまた生やすのが大変だ。売るなら多めに残した方が良いね」 「あ、売りたーい。歩くのに邪魔にならない程度にしようよ」 「となると、下から抜いた方がいいか?」 「いや、上にしんしゃい。下から抜くと丈が短くなるだけで上が重いままだ」 「ああ、そっか。二段重なってるところを抜くのがいい?」 「そうそう。形が変わらないように抜くと美人さんのまんまだ」 「難しいな……」 「最近は有翼人の羽専門美容室があるよ」 「そ、そんなのあるの」  薄珂は羽の中をごそごそと探り、ここだな、と目星を付けると一気に引き抜いていく。  その度に薄珂はひゃあと身震いさせたが、なんとか堪えてひとしきり抜き終わった。すると―― 「か、軽~い!」 「一枚が十日くらいで生えてくる。あんたさんは一枚が長いからもうちょいかかるかもね」 「やっぱり長いよね。病気?」 「個性だよ。人間だって髪の太い細いがあるだろう」 「へー……」 「立珂、ちょっと立ってみろ。長さ見よう」 「うん」  立珂は慶真に支えられ立ち上がると、その動作すら今までよりも軽々としていた。  今までと同じくらいの力を込めてしまったのか、立珂はこけっとつんのめった。 「……立つのってこんな簡単なんだ」 「力加減が分からんだろうから傍にいる人は気をつけてあげて」 「うん。しばらくは俺と」 「立珂! 俺が教えてやる! 俺も羽重かったころは大変だったからな!」 「本当? 慶都がいてくれるなら心強いよ」 「ああ。大丈夫だ。俺が守ってやる」  薄珂と立珂の間に入ってきたのは慶都だ。  一瞬にして立珂を奪われ、薄珂の手は行き場を失った。 「あーあ。取られたな」 「お、おれ、俺が立珂の世話する……」 「薄珂くんはそろそろ弟離れの時期ですねえ」 「嫌だ! 立珂の世話は俺がするんだ!」  薄珂は大人げなく慶都から立珂を奪い返し、俺が世話するんだ、と慶都を威嚇した。けれど慶都も譲らず、俺が世話する、と喚いている。  当の立珂はくすくすと笑っていて、今度はその笑顔をどちらが一人占めするかの争いになった。  この争いは幼い慶都の体力が先に尽きて眠ったことでやっと幕を引いた。    そして翌日、朝食のために全員が集まったけれど、薄珂と慶都のどっちが立珂の隣に座るかの争いが始まった。  決着がつかないことは目に見えていたので、立珂の両隣へ座らせることで妥協させた。  子供たちが立珂争奪戦をしている横で、大人たちは今後どうするかの話を始めていた。 「孔雀は里の診療所に戻りたいか?」 「はい。蛍宮への移住を勧めようと思っています」 「僕もです。今回のことを伝えれば意識も変わるでしょう」 「孔雀。よければこれからも俺の元で働いてくれないか」 「私がですか? 私の医術は宮廷に置いていただくほどのものではありません」 「頼みたいのは治療そのものよりも交流だ。人間でありながら獣人を診るというのは蛍宮では考えられない快挙なんだ」 「そうですね。保護区の獣人はこもりがちですし」 「でも人間と共存した方が得をする場面もある。色々なことを知って人生の選択肢を増やしてほしい。もし里の獣人と孔雀がその繋がりを見せてくれれば種族間の溝も埋まっていくだろう。そこに手を貸して欲しい」 「そういうことなら喜んで。尽力させて頂きます」  薄珂と、おそらく立珂も深いことまでは分からなかったが今後の住処が問題になっていることは分かった。薄珂と立珂は目を見合わせた。 「僕らどうしようか。羽根売ればお金には困らないと思うけど」 「部屋借りれるとこ探してみようか。家でできる仕事があれば立珂の傍にもいてやれるし」 「おい、何言ってる。お前たちは宮廷で暮らすんだ」 「「え?」」 「もう部屋は用意してある。立珂は専属契約で羽根を提供してくれよ」 「それは有難いけど……」 「で、でも、そんな」 「立珂! 俺も! 俺は皇太子様の兵士になるからここに来る! 強くなって立珂を守るんだ!」 「慶都!? ちょ、お、おじさん!」 「言い出したら聞きませんよ。それに私も殿下のもとに戻ります。なにしろ」 「怖がって戦わない弱虫は嫌いだ!」 「と愛息子がいうので」 「俺もとーちゃんみたいに強くなるんだ。それで立珂をずっとずっと守ってやる」 「……うん」  慶都の言うことは最初から全く変わらない。  薄珂は今ここにいる大人たちを一度は疑い、口汚くなじったりもした。信じてはいけない相手を信じ、そして立珂を危険にさらしてしまった。  それに引き換え慶都は真っ直ぐだ。守ると言い、実際に守り、今も側にいて立珂を笑顔にしてくれている。  けれど薄珂は天藍を傷付けた。裏切ったなと怒鳴り散らした。信じることをしなかったのに、慶都のように側にいることを叫ぶことはできなかった。  くっと拳を強く握ったが、その手を天藍が握りしめた。 「天藍……」 「薄珂。俺が里に行ったのは皇太子としてやることがあったからだ。でもお前に言ったことに偽りはない」  薄珂の世界が変わったのは天藍が来てからだ。  天藍が来なければ金剛を信じ続け、いずれ売り飛ばされ立珂と離れ離れになっていただろう。  全てを繋いでくれたのは天藍だ。 「一緒に暮らそう。今度こそ俺に守らせてくれ」 「……うん」  薄珂はじわっと涙を浮かべ、差し伸べらた手に飛び込んだ。  ここには様々な獣種がいる。  皇太子として国を率いるか弱い兎獣人と、それを守る鷹獣人の親子。  人間と獣人を繋ぐ人間の医師。  そして伝説に歌われた公佗児獣人と、人でもなく獣でもない有翼人。  天藍は全ての種族が囲む賑やかな食卓を見てくすりと笑った。 「さあ、境界の無い国を始めるとしよう」  蛍宮から新しい世界が広がっていくのだろう。

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