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第二十七話 薄珂の真実

 ぱかりと目を開けると腕の中に立珂がいた。  立珂はすうすうと寝息を立てているけれど、がっちりと薄珂を抱きしめている。 「……立珂?」 「ふぁ~? あ、薄珂ぁ、起きたねえ」  立珂はむにゃむにゃと寝ぼけ眼をこすると、えへへと笑って薄珂をぎゅうっと抱きしめた。 「もう三日も経ったんだよ。よかった。よかったよお」 「立珂……立珂……?」  この状況は一体何だろうと頭を回転させようとするが回らない。  立珂を助けに行って金剛が捕まって、そこから記憶がなかった。 「俺どうしたんだ?」 「覚えてないの? 公佗児になったあときぃー! ってなっちゃったんだよ」 「きぃー……」  言われるとじわりじわりと記憶がよみがえってきた。  立珂が血だらけで、その血の温もりに意識を奪われていたのだ。薄珂は記憶が鮮明になり、わああ、と叫び声をあげた。 「薄珂! 大丈夫だよ! もう終わったんだよ!」 「……俺、俺、また、ま、また、お前を」 「大したこと無かったんだ。大丈夫だよ。もうほとんど治ってるの」  立珂にぎゅうっと抱きしめられると、こうして立珂の血を浴びたことを思い出す。  薄珂は自分に嘴で立珂の胸を切り裂いたのだ。 「ごめんね。公佗児になるの嫌だったのに、また僕のせいで」 「立珂は悪くない! 俺ができそこないだから……!」 「出来損ないじゃありませんよ。猛禽類獣人は総じて意識を制御するのが難しい獣種なんです」  ぽんぽんと背を撫でてくれたのは慶真だった。その足元ではぴょんぴょんと慶都が跳ねている。 「肉食獣種もですが、生きてる肉を食べたいという本能があるんです。これは子供のころから訓練をする必要があるんです。慶都も小さい頃は大変でした」 「そうそう。起きたらとーちゃん血だらけ。あははは」 「えー。食べようとしたってこと?」 「噛み癖のようなものです。猛禽類獣人なら普通のこと」 「……普通、なの?」 「普通だよ。獣人保護区じゃしょっちゅうだ」 「私も昨日噛まれました」 「天藍。孔雀先生」 「訓練すればすぐ制御できるようになります。大丈夫です」 「……そう、なんだ……」  具合どうだ、と安心したように微笑んでくれた天藍はやたらと豪華な服を着ている。きっと皇太子の仕事中だったのだろう。  孔雀を見ると確かに手に噛まれた跡があるが子供の噛み痕なんて可愛いものではない。正真正銘の怪我だ。けれど孔雀はようやく懐いてくれて可愛くて、とにこにこしている。 「立珂も三日間添い寝お疲れさん」 「疲れてないよ。薄珂といっぱいぎゅーってできて嬉しい」 「もしかして三日間ずっと抱っこしてたの?」 「そうだよ。薄珂はきぃーってなると僕を抱っこするから。いつもそうだよ」 「そう、だっけ……」 「いつも? 何回もあったのか?」 「子供の頃は。でも獣化すると訳が分からなくなることが多いからあんまりやらないことにしてる」 「……そうか。じゃあ海に着いたってのは飛んできたのか」 「うん」  海、と薄珂はぽつんと声を漏らした。   「……前も公佗児を、俺を狙った人間が間違えて立珂を襲ったんだ。獣化して追っ払ったけど、その時も、俺は、立珂を殺しかけて」 「違うよ! 獣化してくれなきゃ僕は殺されてた! あの程度の怪我ですんで良かったんだ!」 「でも制御できてれば立珂は怪我しなかった! 父さんも死ななかった! 俺が殺したんだ!」 「父さんを殺したのは人間だよ! 刀で刺されて死んだんだ!」 「俺は覚えてない! 俺だ、きっと俺が殺したんだ!」 「薄珂くん、落ち着いて」  立珂が必死に抱きしめてくれたけれど、薄珂はどんどん混乱して無意識に暴れていた。  立珂の声は聴こえているのに頭が言うことを聞かなかったが、その時ふわりと何かが二人を包んだ。それは大きくて暖かい、慶真の羽だった。 「お、じさん?」 「覚えてないなら情報から見分しましょう。立珂くん、お父様は薄珂くんに食べられましたか?」 「え!? な、ないよ! 刺されて、それで」 「なるほど。では薄珂くんは殺してません。猛禽獣人は殺した相手を食べますから、食べてないなら殺してません」 「「え?」」 「獣の本能です。殺したことを狩りととらえ、餌と判断し食べるんです。みんなそうです」 「そう、なの?」 「はい。だから私は軍を出たんです。戦場で人肉を貪る姿は我ながら化け物でした」 「……立珂の血を美味しいって思ったんだ」 「猛禽獣人は全員そうですよ」 「俺かーちゃんが怪我したら舐めるぞ」 「あ! 枕縫ってたとき美味しいって言ってたけど、あれ文字通りなんだ」 「うん。とーちゃんは不味い」 「ははは。猛禽獣人同士はこれも普通です」 「ふ、ふつう……」  薄珂は体から力が抜け、頭を掻きむしっていた腕をぽとりと落とした。  すかさず立珂がぎゅうっと抱きしめ、薄珂大好き、と言いながらぐりぐりと薄珂の胸に頬を摺り寄せている。  はあと安堵のため息を吐くと、今度は天藍が頬を撫でてくれた。 「人間と暮らす獣人は人間と違うことを異常と思いこむ傾向にある。それも普通だ」 「公佗児になると立珂を殺すかもしれないんだ」 「そうならないように訓練すればいい。教えてやる」 「立珂を傷つけたくない」 「制御して守る力に変えればいい」 「もう守ってもらってるよ。薄珂、いつも守ってくれて有難う」 「立珂……」  放さないぞー、と言って立珂はまた強く抱きしめてくれた。  立珂は子供体温で少しぬくい。その温かさは立珂がいつも通りに生きている証拠だった。

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