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Episode1・クロードと二人のにーさま1
魔界、魔王の城の一画にある北離宮。
今、私は執務室で政務をしていました。
王妃になったばかりの頃は政務すべてが初めてのことばかりで毎日が勉強のような状態でした。
しかし魔王ハウストと結婚して五年が経過し、私も王妃歴五年。以前より慣れてきたような気がします。式典に参加したり、畏まった場所で謁見を望まれても対応できるようになってきました。
「ブレイラ様、こちらの報告書も確認をよろしくお願いいたします」
「分かりました」
コレットに新たな書類を差し出されてもスッと受け取り、スッと処理する。自分でいうのもなんですがだいぶ様になってきたと思うのですよ。
こうしていつもの政務をこなしている時でした。
ふいに、コンコン。コンコン。小さなノックの音。
「ブレイラ、はいってもいいですか?」
扉の向こうから聞こえてきた幼い子どもの声。
このかわいい声に私の口元が緩んでしまう。男子禁制の北離宮に自由に出入りできる子どもは一人しかいません。
「クロードですね、どうぞ」
「はい!」
嬉しそうな返事とともにクロードが入ってきました。
クロードは奥の執務机に私を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきます。
「どうしました?」
「さんじゅつのテストがかえってきたので、みせようとおもって。はい」
「百点満点じゃないですか! すごいですっ、数式をしっかり覚えたんですね」
「とうぜんです。かんぺきにおぼえました」
当然と言いつつもクロードは誇らしげ。
クロードはまだ五歳の子どもですが、次代の魔王として学ばねばならないことがたくさんあります。
今日も朝から算術や植物学など座学が続いていたようですが、クロードはしっかり宿題も予習復習もしているようです。専属講師からは成績優秀だと褒めていただいていて、なんだか私まで誇らしい気分。
でもそうは言ってもまだ五歳ですからね。なにごとも真面目に取り組む姿は誇らしいけれど、頑張りすぎているのではないかと心配になってしまう。
イスラが子どもの頃はこれほど熱心に取り組んでいる姿を見ませんでした。あの子は教本など一度読めばすべて覚えてしまい、応用も利かせることができるのです。子どもの頃からまさに完全無欠、出来ないことを探すほうが困難なくらい。
ゼロスは座学が苦手でしたが、それは出来ないからというより椅子に座ってじっとしているのが嫌だったという感じでしょうか。座学もお稽古もやろうと思えばなんでも出来る子でした。あの子はとにかくバランス感覚に優れた子なので、緩急のつけ方がとても上手なのです。
「クロードは頑張り屋さんですね。お勉強大変じゃないですか?」
「たいへんじゃないです。ちゃんとできます」
「そうですか。たくさん頑張っているんですね」
「とうぜんです。わたしはりっぱなまおうになるので」
「ふふふ、そうですね。立派な魔王様になってください」
心配だけど、今はクロードに笑いかけました。
前向きに頑張ろうとするクロードの邪魔はしたくありません。
「ブレイラ、いま……いそがしい?」
クロードがおずおずと聞いてきました。
コレットや女官を見回して、また私を見つめてきます。
「……おしごとたくさん?」
「急ぎの用事でもありましたか?」
「……いっしょに、くんれんじょうにきてほしくて」
「訓練場に?」
「うん。ゼロスにーさまが、くみてをおしえてくれるっていうから」
「ふふふ、私に見せてくれるんですか?」
「……ブレイラもみたいとおもって」
これは見せたいんですね。訓練場に見学にきてほしいようです。
もちろん私も見学に行きたいですが、……ちらり、コレットを見つめる。するとコレットは苦笑して頷いてくれました。
良かった、大丈夫なようですね。女官組織総取締役のコレットは私の側近として政務の管理も行なってくれています。その彼女が大丈夫と頷いてくれるなら安心です。
「コレット、ありがとうございます」
「コレット、ありがとう」
「いいえ、問題ありません。お気になさらずお過ごしください」
「きょうのは、あたらしいくみてなんだって! ゼロスにーさまがいってました!」
「そうなんですね。見学できるなんて楽しみです」
「ブレイラいこ!」
クロードが私と手を繋いで訓練場に向かいます。
張り切っているクロードに私も嬉しい気持ちになりました。
訓練場に向かっている間も前回の特訓でなにを教えてもらったか、今日は新しくなにを教えてもらうのか、たくさん私に話してくれました。
前回は上段蹴りと中段蹴りを教えてもらったようです。今日は下段蹴りを教えてもらうのだと嬉しそう。私にはよく分かりませんが、正しい姿勢や力の流し方を覚えれば威力が増すのだそうです。
それをゼロスに教えてもらうのですね。思えばゼロスが子どもの頃もイスラに特訓されていました。
こうして私を中心とした王妃の一団とクロードが訓練場へ移動します。私が移動する時は城内でも女官や侍女に付き従われるので集団になるのです。
こうして訓練場までくると、そこでは陸軍の屈強な兵士たちが訓練していました。
兵士たちは訓練を止めて私とクロードに向かって最敬礼します。陸軍の上官が慌てて走ってきました。
「王妃様、クロード様、いかがいたしましたか? お邪魔になるようでしたらすぐに訓練を終了いたします!」
「突然お邪魔してごめんなさい。私たちのことは気にせず続けてください」
「しかし……」
「大丈夫です。ゼロスがクロードに体術の稽古をしてくれるだけですからお構いなく」
「分かりました。では失礼して」
上官はそう言って一礼すると訓練に戻っていきました。
陸軍兵士たちの勇ましい声が響く訓練場。私とクロードは周囲を見回します。
「ゼロスはまだ来ていないようですね」
「にーさま、やくそくしたのにっ……」
クロードがムッとした顔で言いました。
プンプンのクロードに私は小さく笑ってしまう。赤ちゃんの頃もよくプンプンしていました。
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