2 / 133
Episode1・クロードと二人のにーさま2
「もう少し待っていましょうか。ゼロスは朝から冥界へ行っているので帰りが遅くなっているのかもしれません」
「……おしごと?」
「はい。ゼロスは冥王様ですからね、定期的に冥王の玉座に座りに行く必要があるんです。冥界を守れるのはゼロスしかいませんから」
「…………。……それならしかたないですね」
宥めると渋々ながらも頷いてくれる。我慢できてえらいですよ。
今日は朝からゼロスは冥界に行っていました。幼かった頃は心配で私も一緒でしたが成長してからは一人で冥界に行くようになったのです。
他にもイスラの旅に同行するようになったりして、自分の楽しみを見つけて自由に過ごしています。甘えん坊なので幼い頃は私にべったりでしたが、今ではすっかり行動範囲も広がっていました。成長を感じて嬉しい気持ちもありますが、少しだけ寂しさも感じてしまう。もちろんこれは秘密だけれど。
「どうしますか? ゼロスがくるまで東屋でお茶でもしますか?」
私はいつも訓練を見学する時は東屋にいました。訓練場全体を臨める場所なのです。
しかしクロードは首を横に振る。
「ううん、さきにはじめてます。きのうのくんれんのつづき。だからブレイラはあっちでみててください」
「分かりました。では私は東屋から見学しています。頑張ってくださいね」
「はい!」
どうやらクロードはゼロスがくるまで昨日の復習をするようです。とっても熱心で感心します。
私は東屋に入ると遠目にクロードを見学します。
私の側にはコレットが控え、東屋の周囲に女官や侍女が畏まって控えている。訓練場で女官や侍女の一団は目立ちすぎるのですが、私が見学する時はいつもこんな感じになります。
こうしてさっそくクロードの一人お稽古が始まります。
東屋から過ごし離れた場所に立ち、昨日教わったばかりの構えを取る。
「えいっ、えいっ」
遠くから聞こえる兵士たちの勇ましい声に混じって幼い子どもの声。
声と同時に子どもの可愛い足が空中を蹴っています。
クロードはとても真剣に訓練していますが、時々足を振り回しすぎることもあってなんだか可愛い。
「コレット、あれがゼロスに教わった、えっと、……上段蹴り? というものですね」
「はい、クロード様はよく練習されていたご様子です。続いて中段蹴りに入りました」
「なるほど、あれが中段蹴り。……ん? ああ、クロードっ……」
私は焦ってしまう。
今まで「えいっ、えいっ」と蹴技を繰り返していたクロードですが。
「えいっえいっ。ん?……えいっ。あれ? …………え、えいっ……」
クロードの動きから自信がなくなっていく……。
どうやら姿勢や角度に自信がなくなってきたようです。上段から中段に連続して切り替えたことで混乱してしまったのでしょう。
クロードは小さな拳をぎゅっと握ってプルプルしてしまう。
屈強な兵士たちが剣術や体術の訓練をする中で、どうしていいか分からずにポツンと立ち尽くしているだけなのです。自分の動きに自信をなくしてしまっているので心細いのですね。
あ、私を見ました!
私のところに戻って来たくてこちらを見るけれど、ぐっと唇を噛みしめてがまんの顔です。
「クロードっ……」
なんとかしてあげたいです。
でも私が指導できることではありません。ゼロスが早く来てくれればいいんですが……。
「あ、ハウストです! ハウストならクロードに教えてあげられますっ。ハウストは城にいましたよね!」
閃きました。
ハウストならクロードに体術の指導ができます。
さっそくハウストを呼んできてくださいとお願いしようとしましたが。
「ブレイラ様、落ち着いてくださいっ。魔王様はさすがに……」
「あ、……たしかにそうですね。さすがに魔王のハウストにお願いすることではありませんよね」
私もハッとなって納得します。
いけませんね。私にとってハウストはとても身近な存在なので気軽すぎました。
でもこれは私だけのせいではありませんよね。結婚して五年が経過してもハウストは私との時間を大切にしてくれます。私はまるで毎日初めて恋した時のようにときめいてしまうわけですが、それはきっと彼も同じです。ずっと一緒にいるのですからさすがに分かります。だから私を甘やかす彼も悪いのですよ。
ふふふ。ハウストを思うと自然に頬が緩みましたが、……またハッとする。今は浮かれている場合ではありません。
「コレット、なんとかならないでしょうか……」
「それでしたら、陸軍の教官を呼んできましょう」
「え、でもご迷惑なんじゃ……。訓練の邪魔になってしまいます」
「とんでもございません。魔王様を呼ばれるよりよっぽど……」
「…………。……それもそうでしたね」
どうやら私は順序が逆になってしまう傾向があるようです。気を付けなければ。
でも陸軍の教官にお願いしようとした時でした。ぽつんと立ち尽くしていたクロードに声が掛けられます。
「クロード、中段蹴りの続きは?」
「ッ、ゼロスにーさま!!」
そう、ゼロスです。ゼロスが訓練場に来てくれました。
ゼロスがひらりと手をあげて歩いてきます。
十五歳になったゼロスは子どもの頃から変わらず天真爛漫ですが、顔つきに鋭さが出てきました。身長も私と同じくらいになって、きっとあっという間に抜かされていくことでしょう。
今まで心細そうにしていたクロードが急に強気になります。
「おそいっ、おそいです! ちこくです、まってたのにっ……!」
「ごめんね。間に合わせるつもりだったんだけど、冥界を出る時にちょっと気になること見つけたから調べてたんだ」
「……おしごとですか?」
「ステキな冥王様の仕事」
「それなら、しかたないですね」
「ありがと」
ゼロスはニコリと笑うと、クロードと目線を合わすようにしゃがむ。そしてポケットから虹色の鉱石を取り出しました。
「これクロードにお土産。冥界の洞窟で見つけたやつ」
「わあっ、いいんですか!? めいかいのものは、めいかいからもってきちゃいけないってきまりなのにっ」
「僕、冥王なんだけど」
「あ、そっか」
クロードが恥ずかしそうに納得します。
クロードの言う通り、冥界はまだ創世期なので植物や鉱物を他の世界に持ち出すことは禁止されています。しかしゼロスは冥王。冥王が冥界の物を持ち出して咎められるはずありません。
ともだちにシェアしよう!