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風邪引いた話・続①
「……、マジありえないあいつ……」
先日、恋人である高槻礼央に風邪を移された。
病床に伏せていたところに、先程彼が見舞いに来たのだが、突然ベッドの上で両腕を掴まれて犯されかけた為、無理やり追い出したのだ。
熱は下がらず、気怠さと朦朧とする意識の中、家族の帰りを待っていたら、突然携帯電話から音が鳴った。
メールだろうか、手に取って確認をすると驚きのメッセージが入っていた。
「『急に出張が入って帰れません、明日の夕方になるかも』、……はぁ!?待って……やだ、どうしたらいいのアタシ……」
連絡の送り主は姉だった。ファッションデザイナーをしている姉は基本的には内勤だが、極偶にこういった出張が入ることがある。しかしながら、そのタイミングが今日とは。
母は海外にいる父の元に行っている。帰ってくるのは今日から2日後だと聞いた。信じられない。偶然にもこんなタイミングで高熱を出して倒れるなんて。
1人で何かしようにも、身体の怠さに負けてしまい、天井を見上げて溜め息を吐くことしかできなかった。
「……礼央、呼ばなきゃ……、でも……」
先程まで家にいた彼はもう出ていってしまった。きっと今呼び戻したら迷惑だろう。病院に行く気力もなく、携帯電話を弄っても頭がろくに回らず情報が入ってこない。
しかも、多分彼を呼び戻したら先程と同じように襲われかねない。こんな状態で襲われたらたまったもんじゃない。
先程首筋に貼られた冷却シートは汗で剥がれかけ、ほとんど役割を成していなかった。
身体を起こし、彼が置いていった袋に入っていたスポーツドリンクに手を伸ばす。キャップを取り、少しずつ口に注ぎ込んだ。ある程度喉の乾きを潤したところで、少しだけ身体が冷えて楽になった。
改めて、ベッドに身体を沈めると再び携帯電話から音が鳴り、手に取ると恋人からの電話の知らせだった。
慌てて着信に応答する。
『もしもし、イリヤ?大丈夫?』
「……礼央、」
『やっぱり俺、家族の人帰ってくるまでイリヤの看病するよ……さっき首触ったら凄く熱持ってたから、心配で……、変なことしないから、ダメ?』
「……」
彼はいつもとは違う、少しトーンを落とした声でそう言うのだった。本当に心配はしてくれているのだろうが、家に入れた途端何されるか分からないし、今日は家族が誰も帰って来ない。所謂、やりたい放題だ。そのような状態で元々性欲の強い恋人を呼んでしまったらもう後の祭りだ。
だが、体調面のことを考えると誰かがいて欲しいのは事実である。仕方なく、彼を呼ぶことにした。
「……、来てくれる?」
『すぐ行く、待ってて……』
それだけ言い、彼は通話を切ってしまった。
とりあえず恋人が来てくれるという安心感はできたため、変なことはしないと言ったのを信じて待つことにした。
家の鍵を開け、汗ばんだ身体をタオルで拭きながら携帯電話を弄る。早く来てくれないかと期待に胸を踊らせていたが、こういったところで自分はやはり彼のことが好きなんだと言うことを自覚させられた。
早く、先程の様に優しく首周りの汗を拭いてくれて、それから冷却シートを貼ってくれて、服を脱いでと言われて脱いだら押し倒されて……とここまで考えて、ふとあることに気付く。
自分が服を脱いで、腋を晒したから押し倒されたのではないか。
彼はよく分からない所でスイッチが入るから、自分が何かしたことで彼の性欲を掻き立ててしまったのだろう。
いや、そもそも脱げと言ったのは彼の方だ。最初からヤる気だったのではないか。じゃあ自分の所為ではない。
そんなことを悶々と考えていたら、インターホンの音が聞こえた。彼が来たのだろう、来客した人物を確認し、ドアを開けると、息せき切った彼の姿があった。
「ごめ、遅くなった……」
「、礼央……ごめんなさい、来てもらって」
「いーよ、……気にしないで、早くベッド行こ……」
彼は呼吸を整えながら、靴を脱いで家に足を踏み入れた。
自室に戻り、ベッドの上に腰掛けると、彼が突然肩を掴み身体を倒してきた。
「っ、なに」
「少し熱下がったっぽいね、よかった」
「……変なことしないでよね」
「しないよ、熱測らせて」
彼は近くの机に置いてあった体温計のスイッチを入れ、此方の腋の間に挟み込む。彼は掛け布団を身体に被せ、暫くその状態のまま、ピピと計測の知らせが鳴ったと同時に其れを手に取った。
「んー、37.8度か……さっきよりは下がったんじゃないかな……、イリヤご飯食べた?」
「……食べてない、食欲ないの」
「どうしよ……ゼリー開けるから食べて薬飲もっか」
「ん……」
彼に言われるがまま首を縦に振る。彼は、先程持ってきた袋の中身を弄り、ゼリーを一つだけ取り出した。
それを開封し、同じく袋に一緒に入れられていたプラスチックのスプーンの封を開けた。
少しだけ身体を起こし、掬われたひと口をゆっくりと流し込み、こくりと飲み込んだ。
「ん、甘……」
「とりあえず何か食べなきゃ薬も飲めないからね、少しでも食べて解熱剤飲んだらもっと楽になると思うよ」
「……ありがと、礼央」
「どういたしまして、俺の時も看病してくれたしね……」
そう呟いて彼は目を細める。あの時のイリヤ可愛かったな、なんて独りごちているが丸聞こえだ。
思い出すと本当に恥ずかしいことが沢山あり、つい耳周りが熱くなる。胸をしつこく弄られて、彼のものを受け入れる為に慣らすつもりが自慰行為をしてしまい、お仕置と称して声を出すこととイくことを禁じられて激しく犯されたことを思い出してしまった。
暫く口を噤んでいると、彼が突然顔を覗き込んできて、大丈夫?と心配そうな声色で囁いてくる。あの時の声とは違うが、たまに彼の発する、自分よりも高い声質だが、少しばかり低くなる声は妙に心地が良かった。
顔を真っ赤にしていることはバレていないはず、全て熱の所為だ、そう思うことにした。
そして今、勃起してしまっていることも熱の所為だ、と思いたかったがさすがにそれは言い訳にしかならないだろう。彼にバレないようにしなくてはいけない。
「……イリヤどうしたの?」
「え、えっ?何よ礼央急に」
「んー、さっきと様子違ったから……大丈夫?」
「そんなことないわよ……、大丈夫……ありがと、礼央」
先日された行為のことを思い出したら、急に身体が熱を持ち疼いてしまった。あんなに恥ずかしい行為をしておきながら、身体はそういったことを求めているのか勃起が収まらない。
何か違うことを考えなくては。
明日の講義は何だったか、そもそも明日までに熱が下がっているのかが分からない。もしかしたら、大学に行けないかもしれない。
そういえば、近いうちに彼と行きたいと話していたカフェは何処だったか。久しぶりに講義がなく、彼も講義が入っていないようで、出会ってから初めて2人でゆっくりデートができる、なんて話していたのを思い出した。折角だから、お洒落な格好をして化粧品もお気に入りのものを使いたい、香水も特別なものを、という話をしていた時に彼は急にこう言ったのだ。
『あんまり可愛い格好してこないでね、俺そういうの我慢できないから』
最初は意味が分からず、何言ってんのあんたと気のない返答をしたが、あの発言を聞く限りだと彼の独占欲に火を付けてしまったのではないかと思った。とびきり可愛い格好に普段よりも濃いメイクをして彼に会えばどんな反応をしてくるのだろう。可愛いって言ってくれて、終始くっ付いてきて、いろんなところに行って、最後にラブホテルか彼の家に連れていかれるのだろうか。
逆効果だった。
逆にその後に何をされるのかを考えてしまって勃起が収まらない。
どうすればいいのか。思いを暫く巡らせていたら、突然彼が掛け布団を剥がしてきたのだ。
あまりにも突然過ぎて、布団を押さえる余裕も勃起した下腹部を隠す余裕もなかった。
彼に、見られてしまった。
「……イリヤ、何で勃ってんの」
彼はジロジロと下腹部を見つめ、此方を向かずにそう訊いてくる。
言わせないで欲しい、前に看病と称してめちゃくちゃに犯されたことを考えてたら勃ちましたなんて言いたくない。
彼に見られ続けるのが恥ずかしくてしょうがなくなり、今更だが手で勃起した其れを隠そうとしたが腕を掴まれてしまった。
「何で?返答次第では変なことするよ」
「……、いわない」
「教えてよ……俺としたかったの?違う……?」
「っ、違う……」
「……わかった、」
彼は腕を掴む手を離し、暫く黙っていた。
その沈黙が逆に怖くて、思わず声を掛けると、彼は此方に目を向け、先程同様ベッドに脚を掛けて乗り上げてきたのだ。
「ごめん無理変なことする」
彼の片手で両手を纏められて、ベッドに押し付けられる。体調の悪い身体ではろくな抵抗ができず、目を丸くして彼の顔を見つめることしかできなかった。
「何で……礼央、」
「俺としたいわけじゃないのに勃ってんの意味わかんない、じゃあ何で勃ってんの?」
「っ、わかんない」
「分かんなくても俺以外の理由で勃ってんの見せられたら無理、今日家族いないんでしょ……めちゃくちゃに犯してやる……」
「は……なんで知ってんの……!」
「イリヤはプライド高いから、例え俺が電話掛けたとしても一度自分で追い出した男を引き戻すなんてしないでしょ、どうしても引き戻したかった理由があったんじゃないのかなって思って……多分、家族が帰って来れなくなったとかあったのかなぁって思っただけ」
彼は百点満点の模範解答を叩き出し、此方の逃げ道を塞いでくる。そして、急に思い出したかのように両手の拘束を解き、持ってきていた鞄の中から小瓶を取り出し中身を出した。
「……、解熱剤、飲まなきゃね」
先程より低く冷たい声色でそう呟き、小瓶の中の錠剤を口に押し込んでくる。更に自分が持ってきたらしいペットボトルの水を口に含んで此方の口に流し込んできた。
錠剤と彼の口から移される唾液混じりの水を同時に飲み込み、彼の口を離そうとするがなかなか離してくれない。くちゅ、くちゅと厭な水音が響き耳を犯す。
口から水が溢れ、枕を汚した。それでも彼は口を離さず、何度も角度を変えて唇を重ねた。
「ん、ふぅ……ッ、んくッ…….」
クチュクチュと舌が絡み合う音が静かな部屋に響き渡る。彼はあまり長い時間口付けを交わすことはほとんどないのだが、今回はとても長い。いやに響く水音や元々勃起していたこともあって、身体が彼を求めてしまっていた。
次第に甘い声を漏らし、腰を浮かせて彼の腰に擦り付けていた。
「あ、ッ、はぁ……ッ、んぅ……♡」
「……、変なことって言っちゃダメだね、イリヤのどうしようもない身体にえっちな看病してあげる」
彼はそう言って、服を乱暴に脱がしてくる。上半身の寝巻きは放り投げられ、下半身も下着ごと放り捨てられる。
それに対して抵抗をしても敵わず、一糸纏わぬ姿にさせられてしまった。
「ねぇやだれお、服……」
「え?邪魔だったから遠くに放っちゃった」
「返して……っ、」
「やだ」
「っ、」
「そんなことより早くお注射しなきゃ、」
そんなことを言いながらまた自分の鞄の中から何かを取り出した。何かと思ってよく見ると、彼の家にあったローションと、あの貞操帯だ。
まさか、付けられるのか。
それをするのが嫌だったからあんな恥ずかしい思いをしたのに。
「イリヤのおちんぽは我慢できないおちんぽだからね、これ付けて我慢覚えようね♡」
「何で……!嫌……やだ!つけたくない!!」
「何でそんなに嫌がるの?そもそもイリヤがよくわかんない所で勃起して、俺が原因じゃないって言うんだからそれって俺以外のものに興奮したって事じゃないの?ほんと無理なんだけど、」
「っ、ちがうの礼央……!」
彼は此方に首を向け、少しばかり目を丸くした。
返答を待つ彼の目を見ることができず、つい腕で目を覆ってしまう。羞恥で逃げ出したいくらいだが、きっとそんなことをしたら火に油を注いでしまうだろう。これ以上、彼にいいようにされるのは勘弁だ。
あまりにも滑稽なその理由を、仕方なく告白した。
「……アタシ、前礼央に、されたこと、思い出して……えっちな、気分になっちゃったの……、だから、礼央としたかった、とは……ちょっと違うの……、」
「前って、……俺が風邪引いた時の?」
「そ、う……なの……、」
そう呟き、様子を伺うように腕を下ろして首を縦に振ると、彼は目を細めて口角を吊り上げる。ふふ、と笑みを零した彼の顔は上機嫌そのものだった。ここまで言えば、彼も貞操帯なんて使わないだろう、そうほっとしたのも束の間だった。
彼はカチャカチャと貞操帯の鍵を開け、勃起する下半身に装着しようとした。
「ッまって!やだ!離してっ……!」
「あ、これ勃起してたらダメなのか……上手く入んないや」
「やだ!離して!」
「そんな可愛いこと言ってくると思わなかったよ、ほんとエッチだねイリヤ……妄想癖あるの?かわいい……」
「うるさいわねバカ!離してって言ってるでしょ!?」
「馬鹿じゃないよ、俺としたこと想像して勃起してるイリヤに言われたくない」
「それとこれとは関係ないじゃない!何よアタシが馬鹿って言いたいの!?」
「いや別にそういう訳じゃないけど、脳みそとおちんぽ直結しててえっろいなぁって思っただけ」
「なっ……!言い方考えなさいよほんと!」
「あはっ、可愛い……でも事実じゃん、変態♡」
「っ~~~~!!」
彼に詰られ、顔が耳まで紅潮する。確かに事実ではあるし、そのせいで自分の身体を恨んだことが何度もあったが、こう何度も言われると流石に怒りが湧いてくる。
彼は自分を揶揄い楽しんでいるのだろうが、此方としては不服もいいところだ。
怒りのあまり彼の腕に爪を立てて抵抗するが、痛いなぁなんて笑いながら言うものだから余計に腹が立つ。
そんな彼は此方を無視して、貞操帯を鞄に仕舞い込み、右手にローションの中身を出して指に搦めていた。
「何してんのアンタ」
「えっちなことする準備」
「……は?」
「前の時してくれたから次は俺が慣らしてあげるよ」
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