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撮りたい男と、取れない男①

「ねぇイリヤ、今日……俺のお願いを聞いて欲しい」 「は?何よ急に改まって」 僕は今、恋人の目の前で正座をして頭を垂れている。 彼は訝しげな表情で僕を見つめ、いつもよりも少し低い声で言葉を投げかけた。 ラブホテルのベッドの上、高身長の男性2人が向かい合って座っているという奇妙な状況の中、暫く沈黙が続いていた。居心地の悪い静寂の中、最初に口を開いたのは僕だ。 「俺……イリヤにずっと言ってなかったことがあるんだけど……」 「……なぁに?アタシが怒るコト?」 「怒るかもしれない……」 「何よ……」 彼が眉根に皺を寄せて、僕の顔を見つめる。相変わらずの蒼眼は僕の瞳を射抜き、不機嫌そうなその顔ですら可愛いと思ってしまったが、彼が僕の返答を待っていた事を思い出し、重い口を開いた。 「……、実は俺、イリヤの写真……1枚だけ持ってるんだ……」 「……え?」 「俺……スマホを最近新しいのに替えたんだけど、画面が大きいから……イリヤの写真がどうしても欲しくて隠し撮りしたんだ……」 「……はァ?」 「だから、あの……ごめん!」 彼は表情を変えず、頓狂な声を漏らした。 僕は先程より深く頭を垂れて謝罪するが、彼は暫く黙り込んでしまった。 先程同様、静寂に気まずさを覚えていると、突然彼が口を開き、此方の予想し得なかった言葉を発した。 「……それくらい言ってくれたら撮らせてあげるのに、謝るほどのことかしら」 「いや、あのそれが、」 彼の発言を訊く限り、写真を撮ることに関しては問題なかったらしい。初めから許可を貰って撮らせてもらえばよかった、と少しばかり安堵したが、逆にこの発言のせいで自らが撮った写真に対しての罪悪感がぶわっと沸き起こる。 絶対に怒られる。 そう思ったが懺悔しない訳にはいかず、頭を上げ、彼から目線を逸らし、重い口を開く。 「えーと、……えっちの時に撮った写真だから……ほんとに……ごめん……」 「あら、そうな……えっ、はぁッ!?」 案の定、彼は声を荒げ、目を丸くした。そんな彼に目を向けられず、暫くシーツの白を眺めていたら、突然彼に両頬を掴まれ、首の方向を変えられる。思わず此方も目を丸くしてしまったが、真っ直ぐに此方を見つめる彼の左の蒼眼に耐えきれず、視線を泳がせてしまった。 いつ撮ったの、と怒りを含んだ声で迫られて、つい蚊の鳴くような声で暴露をしてしまった。 「ちょっと前……、イリヤが気を失ってる時……」 「マジで言ってんの!?さっさと消しなさい!」 「け、消すけど……」 「いいから早くスマホ出しなさい、アタシのそんな恥ずかしい顔残さないで」 彼は僕の肩を掴んで、突然押し倒した。腰周りを弄り、ズボンのポケットに手を入れようとする。その距離があまりにも近く、首筋からふわりと香るムスクに情欲を掻き立てられた。胸辺りまで伸びた銀髪を二つに分け、それぞれの耳の上で括られたそれが僕の首辺りに触れるのが少し擽ったくて、思わず此方が押し倒してしまいそうになる。 しかしながら、自分自身のお願いを訊いて貰うために彼に食い下がったのだ。一先ずそういったことは後にして、彼の肩を掴んで少しばかり距離を取る。 「ま、って……ここからがお願い、まともなイリヤの写真と、えっちなイリヤの写真、両方欲しい……それが撮れたら隠し撮りしたのは消すよ……」 「まともなのはいいけどえっちなのはやだ」 「えぇそんな……」 「当たり前じゃない!いいわよ♡って言われるとでも思ったワケ!?」 先程と同様に予想通りの答えを返され、彼にポケットに仕舞っていたスマートフォンを奪われる。彼は僕の身体の上に容赦なく腰掛け、取り上げたスマートフォンの画面ロックを解除しようとする。 そんな彼の両手を掴んでスマホを離すように伝えたが、離してくれる様子はなく、仕方なくそのままの状態で彼にこう告げた。 「でも、俺……イリヤの気失った写真で毎日抜いてたからさ、もし写真消されたら、オカズなくなっちゃうよ……そしたらイリヤのこと、毎日抱かなきゃ収まらない……」 「はぁ!?変なこと言ってんじゃないわよ!」 「普通のイリヤの写真でも抜けるけど、イリヤ的にどうなの……、えろい写真で抜かれるのと、普通の写真で抜かれるの、どっちがいい?」 「……、どっちも嫌よ……」 彼は声のトーンを落とし、スマートフォンを弄る手を止めて目線を逸らした。どうしてもそれを離そうとしないので、此方が諦めて彼の腕から手を離し、身体の上に広がるスカートの中に手を忍ばせ、指を下着の中にゆっくり滑り込ませて双丘を優しく撫でる。 「じゃあ毎日抱かせてよ」 「はぁ!?」 「してくれないならそうするしかないじゃん……ねぇ、俺のお願い聞いて……?今日元々此処でえっちする予定だったじゃん……ねぇ、させてよ……可愛いイリヤのえっちな顔、撮らせて……?」 彼の下着に忍ばせた指を中心部に寄せ、いつも使っている秘孔に触れる。優しく撫で、まだ慣らしてない其処に触れ、ゆっくりと押し込むと彼はびくりと身体を震わせた。声こそは上げていなかったが、少し興奮しているようで下腹部の其れがピクリと反応する。 何度も何度も身体を弄っていると、折れたらしく、蚊の鳴くような声で小さく呟いた。 「……、仕方ないわね……いーわよ、好きになさい」 「やったぁ、イリヤ大好き!」 「……はいはい、」 「……ちなみに、こーゆうのってハメ撮りって言うんだよ……知ってた?」 「知ってるわよ、ハメ撮りしたいんでしょアンタ」 「バレた?」 思わずふふ、と笑みを零してしまう。彼がまさかハメ撮りする事を許可してくれるなんて思わず、つい緩んでしまった口許を改めて引き締める。 彼は上から冷めた表情で僕のことを見つめ、相変わらず普段より下がったトーンで僕にこう言った。 「……、アンタってほんとにド変態ね」 「イリヤはド淫乱だよね」 「ッ、うるさい!」 「あは、かわいい」 すっかり緩んでしまった彼の手許から素早くスマートフォンを奪い、手早くロック画面を解除してカメラを起動する。 スマートフォンの背面を彼に向け、画面越しにその姿を見つめていると、彼は突然身を引き目を見開いた。 「っな……!もう撮ってんの!?」 「撮ってるよ……」 「っ……馬鹿……」 「ねぇ、シャツ捲って……」 彼に画面越しに指示を送る。目線を逸らし、おずおずと自らが纏っているブラウスに手を掛けて、スカートの中から引っ張り出した。 大人しく指示に従う彼の様子が加虐心をそそる。いつもと違い、高い位置で2つに括られた髪が、絶妙に胸辺りに落ちている姿が可愛らしく、少しばかりいけないことをさせている気持ちになった。 彼は此方を一瞥し、スカートから出したブラウスを胸が見える位置までたくし上げる。 「なにこれ、何させられてんの……」 「あぁやっば……イリヤ、そのポーズえろい……」 「はぁ!?どこがよ!」 「なんか、何となくエロい」 「黙ってスマホを持つこともできないのかしら」 「そんなぁ、イリヤが可愛いのがいけないんだよ」 「……、意味わかんない」 彼は顔を紅潮させ、顔を此方から逸らした。相変わらず可愛いという言葉に弱い彼は、耳を赤く染め、恐る恐る此方に目線を向けていた。 晒された胸についた2つの紅い突起がつんと立ち上がり、つい触りそうになるが、此方はスマートフォンを構えている為、手を離せずそのまま彼に指示を送る。 「ねぇイリヤ、乳首……触って」 「はぁ!?調子乗るんじゃないわよ!」 「触らないなら俺が触る」 「っ……やるわよ!アンタには触られたくない!」 「なんでそんな事言うの……」 彼は声を荒げ、両指を自らの突起に掛ける。爪で立ち上がる其れを弾き、指の腹で捏ねくり回し、強く摘んでいた。 そんな姿を画面越しに眺めていると、自らの下腹部が熱を持つのを感じる。いつも見ている彼の姿を違う視点から眺めているだけなのに鼓動が早くなる。 彼は此方を見つめ、胸を弄りながら吐息混じりに小さく呟いた。 「んっ、……だって、あんた……しつこいからぁ……」 「そんなことないよ……」 「っ、は……ぁ……ん、ッ……」 「自分で触ってても気持ちいい?かわいーねイリヤ」 「ッ、うるさい……」 「可愛い……気持ちよさそ……、ね……画面越しに見てるけど、顔すっごくエロい……そんな顔して俺の事見ないで……すぐ襲いたくなる……」 スマートフォンを片手で支え、彼の腰周りを再度撫でる。自らの熱を持った其れを乗り上げた彼の股ぐらに押し付けた。 小さく息を詰めた彼は口角を吊り上げ、腰を落とし、僕の其れの上で、誘うように前後にゆっくり動かした。 そんな彼はわざとらしく、嬌声を含んだ艶めく声で更に僕を誘ったのだった。 「ん……、襲えばいーじゃない……アンタ、下……すっごいことになってるわよ?」 「だってこんな可愛いイリヤ置いとけるって思ったら……興奮しすぎて、やばい……」 「相変わらず変態ね」 「……ほんとに襲っていいの?」 「最初からその気じゃないの?」 「……、そんなこと言われたら無理、襲ってやる」 一先ずスマートフォンを脇に伏せて置き、彼の身体を抱えて体勢を変更する。 彼の真上にのしかかり、脇に置いたスマートフォンを再度構えた。相変わらず上半身が晒されたその姿を改めてカメラに収めると、目を見開いてスマートフォンのカメラ部分を隠そうとする彼の姿が画面に映った。 「っ、ちょ……アンタ!撮らないで……!」 「ハメ撮り許可してくれた上に誘ってきたのはイリヤだよ?こんな可愛い姿、撮らないわけがないじゃん……折角だからこれ、後で一緒に観よ?」 「……アタシにそんな趣味はないわよ」 「ないの?自分の可愛い顔と恥ずかしい姿見て興奮しそうなのに」 「どういう意味よ、確かにアタシの顔は可愛いけど」 「否定しないんだ」 「あら、礼央にとってはアタシの顔……可愛くないのかしら?」 彼は先程と打って変わって、顔に視線を送れと言わんばかりに上目遣いでスマートフォンを見つめた。 圧倒的な自信とそれに負けないほどの美貌に見つめられると、違いますなんて否定の言葉はまず言えない。否定の言葉も意思も奪われるほど、彼の顔立ちは僕にとって魅力そのものだった。 しかし、自らが思わず零した彼への賛辞は、あまりにも滑稽なものであった。 「めっっっっっっ……ちゃくちゃ、可愛い」 「当然♡」 「可愛いし美人だし格好良いしエロいし本当に俺の好きな顔……ずっと見ていたい……すっごく、好き……たまんない……♡」 彼が口角を吊り上げ、得意気な顔を見せた。そんな姿も仕草も可愛くて、思わず捲し立てるように浮かぶ限りの賛美の言葉を連ねたが、途中で彼の表情が曇り出し、慌てて口を噤んだ。 暫くの沈黙の後、以前から心の隅にあった言葉がぽろりと零れる。 「ねぇ……俺、イリヤと付き合ってて大丈夫?釣り合ってない気がする」 少しばかり曇っていた彼の表情が一変する。眉間に皺を寄せ、怪訝な表情で見つめてくる彼が発した言葉は、僕の想像を超えた意外なものだった。 「アンタから声掛けてきたんでしょ?変なところで自信なくすんじゃないわよ……意味わかんない」 「俺だってたまには自信なくすよ」 「そーなの、変な男……というか、アンタ知らないの?結構有名よ」 「へっ?そーなの……?」 更に彼が発する、自分がまったく想像し得なかった話に少しばかり目を丸くした。 周りに殆ど興味がなく、同じ学部の同級生の顔と名前ですら一致しておらず、あまり覚えていないような自分が有名だなんて今までに考えたことがなくて、つい首を傾げてしまう。 「あら……その様子じゃ本当に知らないのね、医学部に高身長でイケメンの優男がいる~って、女共が騒いでたわよ」 「口悪いね……、じゃあイリヤは俺の事知ってたの?」 「……まったく知らなかった、とかではないわよ」 「ほんとに?嬉しいな、俺……すっごく嬉しい」 「噂が立ってたことはどうでもいいのね……」 「うん、どうでもいい」 彼が自分のことを出会う前から少しでも認知していた、その事実だけがとても嬉しくて、思わず彼を強く抱き締める。首に顔を埋め、めいっぱい息を吸えば、彼と、彼の香水の香りが混じったものが鼻腔を通り抜ける。心地よい香りに包まれて、彼にすっかり心を奪われたことへの恍惚に浸っていると、突然、彼が右手に指を搦めた。 「そ、まぁいいわ……ところで、」 「何?」 「そのスマホでアタシとのお喋りが撮りたかったの……?」 「あっ、忘れてた……教えてくれてありがとうイリヤ」 「アンタそういうところあるわよ」 「そーかなぁ……」 「見かけによらずお喋りな男ね」 「俺、人と話すの好きだから……イリヤと話すの楽しいよ」 彼の艶めく銀髪を優しく梳いて指に絡め、そう言うと少しばかり俯いて目線を逸らした。恐らく彼にとって言われ慣れない言葉なのだろうか、暫く黙りこくってしまう。 そして、彼は蚊の鳴くような声でこう呟いた。 「そ……、初めてよ、そう言われたの」 「そうなんだ?俺はもっとイリヤのこと知りたいからさ……もっと話して欲しいしいろいろ聞きたいな」 依然、此方から目線を逸らしたままの彼の目を覗き込むようにして首を傾け、優しく唇を重ねようとする。 ハメ撮りなんて意地の悪いことはやめて、改めてお願いして写真を撮らせてもらおう、今は愛おしくてしょうがない彼を何も気にせず存分に愛したい、そう思っていた。 「……変なの、会う度こういうことばっかりしてるのに、アタシのこと知りたいのね?」 突然、彼が何の気なしに呟いたその一言に、その想い、感情全てが掻き消されてしまった。

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