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「本当にみんなに挨拶しなくていいの?」 「うん、いい」 次の日、朝早く。 学校に荷物を取りに行って車のドアを閉めた。 これから僕は、遠くの学校へ転校する。 両親が離婚して母さんに付いていくことにしたからだ。 山田先生には離婚一歩手前の時から既に相談していて、だからバレずに今日まで来れた。 (後は、先生が話してくれる約束だな) 寄せ書きとか色々提案されたけど、全部断った。 仲良い人もいなかったし、そんなことされても虚しいだけだし。 「じゃあ、出発するからね」 母さんの声でエンジンがかかり、緩やかに車が動きだす。 正直、あのゲームの3ヶ月という期間は僕にとって本当に都合が良かった。 (どうせ種明かしなんでしょ? 放課後の話) 別にいいよ、初めから全部知ってたし。 それに面と向かって言われたら……多分、僕は立ち直れそうにないから。 だから、 『杠葉っ!』 ーー嗚呼、そうか。 (もう、〝杠葉〟でもなくなるんだ) 名字、珍しかったからな。 きっと誰も僕の下の名前なんて覚えてないはず。 それで、いい。 「〜〜っ、ふ」 まだひんやりする薄暗い時間帯。 段々遠くなってく学校が、何故か涙でぼやけていく。 いっぱい傷つけて、本当にごめん。 嫌な思いばっかりさせて、迷惑かけまくって本当にごめん。 「全部嘘でした」なんて言葉を聞くのが怖くて……逃げて、本当にごめん。 けど、夢でいいから…… どうかこの嘘まみれの思い出を、僕だけでいいから覚えさせておいてほしい。 それだけで、本当に いいからーー 「……っ!」 でも、やっぱり悔しいから「一生に一度の恋でした」なんて ーー絶対 言ってやらない。

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