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(そん、な)
ガヤガヤした周りの音が、一瞬にして消える。
頭の中が真っ白になって、目の前で起きてることがただただ信じられなくて……喉から声が出てこない。
ピィ…ンと一本の糸が張り詰めたような緊張感で、あいつの顔からどうしても視線を逸らすことが出来なくて。
「杠葉……だよ、な?」
呆然とした口元が紡ぐ、昔の名字。
(なんで、それ……覚えて)
『杠葉!帰ろうぜー!』
『良かったら聴いてみて、オススメは4番と13番な』
『あのさ、遊園地とか興味ある?』
『ここ俺の穴場。前来たとき見つけたんだ』
『なぁ、杠葉。
俺、お前のことがーー』
「…………い、ちの、s」
「鈴木さん? どうしたんですかっ?」
「っ、あぁいや、なんでも」
ーーそうだ。
(そうだ、何やってんだ俺)
俺はもう〝鈴木〟で、〝杠葉〟じゃない。
一瞬昔の自分が出てきて、慌ててあいつから視線を逸らした。
落ち着け落ち着け、気づかれないよう深呼吸しろ。
俺は鈴木で、今は合コン。
気を抜かず波音立てずになんとか終わらせて、さっさと帰って寝る。
ただ、それだけ。
(それだけ…だから……)
段々と、また周りの音が戻ってくる。
「適当に声かけましたけど、なんか男女比率いい感じっすね!」
「それな!流石俺たち!!」
「 一ノ瀬さん何突っ立ってんすか? 早く座ってくださいよー乾杯しましょ? ほら」
「あ、あぁ……」
じぃっと見られてた視線が、漸く外れる。
そのまま「ではもう一度乾杯からしましょ〜」という新坂の掛け声で、震える指を隠すようにグラスを持ち直した。
「隣、いい?」
「……どうぞ」
少し経った頃、かけられた声。
こうなるのはわかってたけど、緊張で身体が固まる。
「杠葉で、合ってる……?」
「合ってるよ。今は鈴木だけど」
「そ、か。鈴木か……はは、なんか鈴木って慣れないな」
「慣れってなんだよ。杠葉よりは普通だろ」
(良かった、ちゃんと喋れてる)
この現実をまだ消化しきれないくせに、口はちゃんと動いてくれる。
人と喋る仕事選んどいて良かったとか、今はそういうの思ってる場合じゃないけど。
「久しぶり。高校以来だな、上京してたのか。
相手の会社も営業って聞いたけどそうなのか?」
「あぁ、普通にIT系。システム売ってる。そっちは?」
「MR。そっか、業界被ってないしそりゃ今まで会わなかったか。けど、まさかこんなとこで再会するとは……お前が営業就いてんの意外すぎてびびった」
「一ノ瀬はガキの俺しか知らなかったしね」
「いや、それはそうかもだけど……」
座っていてもわかる、あの頃より高くなった身長。
髪は少し伸びて大人になって、けど雰囲気は変わってなくて。
相変わらずキラキラしてて爽やかで……腹が立つくらい真っ直ぐな瞳。
(あんな別れ方したのに、まだ俺のこと覚えてたんだ)
優しいお前のことだから、きっと相当嫌な記憶だっただろうに。
それを忘れてないなんて、馬鹿だ。
……でも、
(それを嬉しいと思ってる俺も、相当 馬鹿だ)
「一ノ瀬の知ってる俺は、もういないよ」
自分にも言い聞かせるように箸を置く。
「あんな性格地雷野郎が社会に出て通用する筈が無いし、俺だって右往曲折いろいろあったんだ。
だから、悪いけど今さら昔話とかするつもりはないから。
……お前も、さっさと別の席いけば?」
合コンしに来たんだろ?
なに男と話してんだよ、折角の時間台無しじゃん。
「…………」
「…? なに」
「……杠葉、あのさ」
「だから、俺いま鈴木だって」
「ぁ、悪りぃ………っ、俺さ、やっぱお前のこt」
「あの〜すいません、ご一緒してもいいですか〜?」
「「っ!」」
同時に振り向くと、数名の女性陣。
「あ、あぁ。どうぞ」
「やった〜!なんか真剣そうだったから大丈夫かなって思ってたんですけど…」
「いい男が固まってなんの話してるんです?」
「いや、特になにも……」
「っというか、ふたりはお知り合いなんですか?」
「えぇ。高校が一緒で今日偶然再会して」
「え〜そうだったんですか!? すごい!」
一気にわいわいし出したテーブル。
俺の隣にも「失礼します〜」と1人座ってきて、そのタイミングで「少しお手洗いに」と席を立った。
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