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「はぁぁ……」
(なんか、やっとまともに息できたかも)
折角過去にできてたのにいきなり目の前に現れたら困る、本当に。
昔の感情とか記憶とかが一気に蘇ってきて、心臓が痛い。
手を洗いながら、鏡に映る自分を見る。
「はっ、ひどい顔」
(早く帰ろう)
これじゃボロが出かねないし上手く取り繕える自信もない。
なにより、「合コンに一ノ瀬が来た」っていう事実を……もう見たくない。
(そんなことで傷つくくらいまだ引きずってたのか、俺)
嫌だ、こんな自分知りたくなかったのに。
どうしてくれんのまじで?
悲しくて、辛くて……ただ、苦しい。
ポツリ
「ーー俺たちは、やっぱ生きる世界が違うんだよ」
「あ、お兄さん〝そっち系〟だったんだ?」
「っ!」
振り向くと、知らない男。
「いやさ、あんたらの席賑やかだからついつい目がいくんだよなー。合コンしてるっぽい雰囲気だけど合ってる?
あんた、なんとなく違ってたからちょっと観察してたんだよねぇ」
じわりじわりと近づいて来る。
後ずさるが、すぐ後ろは洗面台で逃げ道は無い。
(っ、くそ)
こういう経験は、何度かある。
なんで〝同類〟は直ぐに分かってしまうんだろうか。
ーーこんなにも、隠しておきたいのに。
「なぁ、お兄さんゲイでしょ? 俺もなんだよねぇ。
あの集まり断りきれなかった感じ? 正直地獄でしょ。
このまま俺と抜けようよ。連れ出してあげるから」
「……別に、ひとりで抜けれるしそういう助けは要らない」
「本当に? それだとまだ大分時間かかんじゃね?
俺だったら〝友達と会ったからー〟とかってすぐ抜けれると思うよ。どう?」
「というか、こんなとこで話かけてくるなよ。誰が来るかわからないだろ」
「へぇ、隠してんだあんた? いいね。
俺さ、お兄さんの顔結構好みなんだよなぁ。俺らみたいなの中々少ないしさ、一回ヤらせてくんね? これも何かの縁だと思うんだよね」
「はぁ? 馬鹿かよ」
「馬鹿じゃねぇよ大真面目。俺上手いよ? な、お願い」
ーーどうして。
(どうして俺は、こっち側なんだろう?)
学生時代は本当に何も考えてなかった。
周りにいくら言われようが自分を貫き通して、ただ純粋に1人の人を想ってた。
けど、それが〝間違い〟だと気づいてからは、出来る限り量産型になろうとした。
必死にコミュニケーション力を身に付けて、周りに溶け込んで、目立たないよう生きてきて。
……なのに。
「お、なに、諦めてくれた? 」
抵抗していた腕から力を抜くと、直ぐに手首を掴まれた。
(嗚呼…もういいや)
どうせこんな気持ちで戻っても怪しまれる。
口もろくに動かないだろうし、上手く笑えないだろうし。
なにより、一ノ瀬がいるし。
もうあの場には戻れない。
ーー戻りたく、ない。
「……っ」
「? もしかしてあんたって、結構ウブ?
心配すんな俺が優しくしてやるからさ、大丈夫d」
「何が大丈夫なんだ?」
「っ、ぁ」
下へ向けていた視界に、突然大きな手。
そのまま掴まれてた男の手を解いてくれ、グイッと引っぱられた。
ぶつかった胸元から、爽やかな香水の香り。
「おいおい横取りはよせよ。そいつ俺のなんだけど?」
「何言ってんだ、違うだろ。俺の連れだ」
「ぇ……いち、のせ」
グッと更に抱き寄せるよう腰に手を回され、一気に体温が上がる。
「…はぁぁ……なに? ちゃんと相手いたのかよ。
あーぁ、お手つきでも一回くらい貸して欲しかったわ。もったいなー俺」
無言のまま静かに睨む一ノ瀬にため息を吐き、男が洗面台に紙を置いた。
「お兄さん、これ連絡先。良かったら連絡頂戴ね」
「あぁいうの、よくあるのか」
「い、いや、そんなには無い……けど」
みんながいる場へ戻る気も起きず、なんとなくそのまま2人で店の外に出た。
「……そう」
別に悪いことはしてない筈なのに、何故か気まずい。
(なんだ? なんか、怒ってるというか……)
「あのさ、杠葉」
「だから、俺鈴木だって」
「鈴木は嫌だ。呼びたくない」
「はぁ……? 呼びたくないって言われても、もう俺は」
「ーーじゃぁ、唯純(イズミ)って呼ばせて」
「…………ぇ?」
聞こえた声に、一瞬頭が真っ白になる。
「お前の名前。唯純って呼びたい。いい?」
「な……んで、知って」
「知ってって、当たり前だろ?
杠葉 唯純(ユズリハ イズミ)。俺が知ってるお前の名前じゃん。
名字も綺麗だったけどさ、本当はずっと名前で呼びたかったんだ、杠葉のこと。
俺も一ノ瀬じゃなくて、爽(ソウ)って呼んでいいから」
(う、そ)
名字が珍しかった分、先生含め誰一人覚えてないと思ってたのに。
なんでーー
「俺さ。前のお前、好きだったよ」
「……ぇ」
「確かに我儘で嘘つきで世間知らずなとこはあったけど、でもそういうのもひっくるめて好きだった」
「っ」
「だから、〝鈴木〟ってありきたりな名字になって性格まで普通になってしまってるお前を、俺の知らない名前でまで呼びたくない。
勿論、転校した後お前がどんな思いで変わったのかは想像できないし、知らない。けど……
これは、完全に俺のエゴだから。ごめんな」
ははっと目の前で切なそうに笑う顔が、信じられない。
俺は今、なにを言われてる……?
「なぁ、唯純。
お前、男が好きだったのか?」
「っ、だったら、なに?」
「〝あの日〟の告白は、本当だった?」
「ーーっ」
「……俺は」
夜の涼しい風が頬を撫でるのと同時に、
それは、スルリと静かに耳へ響いた。
「俺は、本当だったよ」
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