1 / 4
第1話
天使の歌声――。
世間から絶大にそう評価される俺の相棒 、星影 雅楽 はアイドルとして歌唱する時以外に口を開くことは決してない。
音楽番組で司会者からトークを振られても、にこやかに笑って誤魔化して。取材や雑誌のインタビューでもメモ帳や白紙に書くのが編集者にとって常識の範疇。そして最終的には、ファンとの一体感が近距離に沸くライブでも普段の声は誰も知らないだろう。
だって、雅楽の声は……。
「んっ……しづ、紫月 、くん……。だ、駄目だって……こんなところで、しちゃ。ひと、来ちゃうよ……」
キスの果て。雅楽はとろけた声音と共に、甘ったるい表情を浮かべながら忠告を促す。
そう、俺――和歌宮 紫月と星影雅楽は相棒 以上の関係を持つ、秘密の。誰にも知られてはいけない、訳ありの恋仲なのだから。
「大丈夫だって、糸式 マネには時間を置いて来るように伝えてあるし。それに生放送とは言えど、俺たちの出番はまだ先の方だろ?」
「うっ、そうだけど……。で、でも……ここは楽屋でお隣さんも居て……」
震えた、いや少々怯えた愛しき声。周囲の状況を窺う反面、期待に満ちた俺を見る熱い眼差し……。欲望が蔓延る、その視線は俺の悪戯心に火をつけた。
「……はは、雅楽。高貴で、ミステリアスな良い子ちゃんは表舞台だけの約束だろ? 俺の前では欲も、その艶やかな声も全部晒け出して……」
「し、紫月くん……! な、何を……ひゃう!」
鏡の前まで追い詰めて、真実を教えてやる。本番前の衣装、練習着に身を包みながらも分かる……分かってしまう、勃起した状態の秘部に手を触れて雅楽が本当は今、何を欲しているのかを。
「――全て。俺に委ねてくれ」
雅楽の色白な耳元付近で囁くとふにゃり、としたアイドルらしからぬ形相が一瞬で構築される。誰よりも可愛い、俺だけの――と、刹那。ドアからノック音が鳴り響いた。
「紫月、雅楽……!」
ドア越しでも分かる、慌てふためく男性の声。その持ち主は俺たちのマネージャー、糸式要 に違いない。予定されていた時間よりも早い来訪に雅楽は砕けた表情から一変、顔は焦りの混じった強張ったものに変化する。……或いは、この緊迫した状況でも続けてくれという無言の合図なのか。
「はいはい、そんな雑にノックしなくても聞こえてるっての。……で、何か用?」
少々、不機嫌を装いながら会話と……雅楽の大事なモノを触り続ける。声を殺しながら必死に俺を睨んで。
「ああ。突然で悪いが、番組のプロデューサー意向で出演の順番が急遽変更になった」
「ふぅん……分かった、雅楽とすぐに準備して行く」
「助かる。俺は緊急で打合せの用事が出来てしまったので、君たちだけで向かってくれ。場所はリハーサルと変更はない」
「了解。ほら雅楽、急いで支度するよ」
「悪いが頼む」
俺の呼び掛けに糸式マネは安心したのだろう、足音が徐々に遠ざかる。……自分で言うのもアレだが、よくもバレなかったものだ。
「ひ、酷いよぉ、紫月くん……」
涙目を浮かべて、ほぐれた先っぽに白濁の液を垂らしながら相変わらず微塵も怖くない怒りが降り注ぐ。先程、名前を呼ぶと共に強く擦った衝撃で絶頂に達したらしい。本当に俺の恋人は、良い意味で期待を裏切ってくれない。
「悪かったって。雅楽が縋るような目で見るから、つい」
「もぉ~……こんなこと、表沙汰に出たら困るの、僕だけじゃなくてキミもなんだよ?」
「……ああ、そうだな」
世間の目は厳しい。
男同士で、だとか。同じユニット、相棒 なのにだとか。不要な肩書きが俺と雅楽の隙間に邪魔が入る。普通じゃないのは分かっている、それでも俺は雅楽を。雅楽だけを――いっそ、全部を晒せるのなら。
「おーい、紫月くん? ぼーっとして大丈夫? 何処か調子が悪かったり、とか」
「いいや、特に問題はない。……いや、むしろ問題だらけかもしれない。今日のトーク、雅楽の可愛いエピソードが多すぎてどれを話すべきか迷って」
「っ! し、心配して何か損した……っ!」
真っ赤に染まった頬を膨らませて、そそくさと支度に取り掛かる。……うん、今日も俺の恋人は変わりなく可愛い。純粋無垢とは、雅楽の為にある四字熟語だと改めて思う。
男性二人組アイドルユニット、S&U としてデビューして二年。恋仲になって三年目。……そして、出逢って十五年。ひとつ年下の幼馴染はあらゆる俺の初めてを奪っていく、唯一無二の存在で独占欲を掻き立てるものに変化していくのと奇しくも同時に。
ともだちにシェアしよう!