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前日譚

 それは、俺の何気ない一言から始まった。 「雅楽、俺とアイドルになろう」  二年前。  雅楽が高校三年生に進級した頃、前触れもなく放った。俺はフリーターの傍ら糸式マネーー当時、小さい芸能事務所を設立したばかりの糸式要プロデューサーにスカウト受けており、前向きだったが頷く前に条件を提示した。もう一人、誘いたい人間がいる、と。 「ア、アイドル……? あと、テレビとかで出てキラキラしてる人たちに……紫月くんと、僕が?」 「ああ。俺たち二人でユニットを組む。歌って踊れてる、最高のトップアイドルに」 「え、ええっ? し、紫月くんはともかく僕には……無理だよ。だって」 「悪いが雅楽に拒否権はない。俺は雅楽とやりたい。雅楽以外に誰かが横に立ってるなんて嫌だ。……雅楽もそうだろう?」  うん、と小声で呟きながら頷く。安心した、人前に出ることが苦手なのはわかっていたが雅楽も俺と何かを成し遂げたいと思っていてくれることが。 「……紫月くん。僕、頑張るよ」  ふわふわとした髪に触れて唇を重ねる。既に恋人同士になっている俺たちは一心同体に等しい。  何でもよかった。雅楽とこれからも一緒に居られる口実があるのなら。  俺が高校を卒業し、互いの環境下に変化が訪れたら改めて三年前を思い出す。あの一年、ほとんどの時間帯は別々で苦痛でしかたなかったということを。だから降ってきたチャンスを利用した、それだけ。  そして、初めて糸式マネと雅楽の顔合わせの日。俺は条件に条件をさらに上乗せした。今思えば、渋い顔はしたものの全てを飲み込んだ彼が居なかったら俺らはアイドルという偶像人物になっていなかった。 「……要するに、星影君は歌唱可能だが緘黙であると?」 「そういうことです。他者と話すことの緊張から来てるから、とか定かではありませんが喋れません。当然、これから出来るであろうファンとの交流も含めて」  追記して述べると、眼鏡の彼が眉間に皺を寄せたのは言うまでもない。当然だろう、話せないということはアイドルとして致命的であることは考えるまでもなく不利にしか働かない。もちろん、最低の嘘だが譲れない……誰かが雅楽を取るくらいなら、俺は本人の声を奪ってでも。自己中心的で矛盾になっていても、雅楽だけの全部をわかっているのは俺だけでいい。 「……了解した。コミュニケーションを取る上で少々大変かもしれないが意志疎通が出来れば問題ない。先程から確認していたが表情は豊かなようだからな、俺や紫月君と違って」  あっさりとした了承に雅楽がこちらを覗く。こうして俺たちは世にも奇妙な関係を持ったアイドルグループとして、徐々に名を馳せる。当然そこには、雅楽の素晴らしき歌唱力とも合わさるようにして。二年間、苦楽を共に分かち合った。

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