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第3話
星影雅楽と初めて出逢ったのは、俺が春から小学生となる六歳の冬だった。
「昨日引っ越して来た、星影です。……ほら、雅楽もご挨拶」
「こ、こんにち……ゎ」
「あらあら、お母さんの後ろに隠れちゃって可愛い。恥ずかしがり屋さんなのね」
「もう、雅楽ったら……」
互いの母親が賑やかに笑う。
隣人となった引越しの挨拶、それが俺と雅楽との邂逅――所謂、運命とも称すべき相棒となった。ビジネスでも恋人しても、永久にそれが続く……そう思っていたのに。
「――続いてのニュースです。人気アイドルユニット、S&Uの星影雅楽さんが一般女性と熱愛関係であることが発覚致しました」
休日の朝、漫然とした意識の中、テレビを付けて舞い込んだ、その内容に自らの耳を疑った。当然、困惑。しかし俺の隠しきれない動揺に構わず、ニュースは続行を辿る。
「詳しい内容は伏せられておりますが、星影さんと見られる男性と女性が仲睦まじい姿の写真が世に出回ったことをきっかけにSNSで多くの憶測が飛び跳ねております。なお、ファンの間では悲しみの声が大きく――」
嘘だ。……嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘嘘嘘嘘、嘘に決まっている……ッ!
雅楽が俺以外と誰かと……? 阿呆臭い、そんなもの誰が信じられるか。俺は雅楽を、雅楽だけを愛している。雅楽だってそうに決まって……。
「っ……この写真の細身の男、確かに……雅楽、だ」
テレビでゆえか、解像度が最悪だった為、ネットに露出した問題の一枚をよく見ると……表情はともかく、女性側が男性の腕を掴んでいるのは分かる。おまけにただのファンにも分かってしまうほど、男の方が雅楽であると現実を叩きつけられるようで。
「か、確認! 雅楽にまず確認を……って。今日、事務所に急遽呼ばれたって」
昨日の帰宅後、久しぶりに明日――今日は二人一緒に休日ということで家デートの計画してたところにマネージャーから一本の電話があった。何でも、至急の呼び出しがあったとかで。他者の都合に振り回される、この芸能界と言う世界。雅楽自身も十二分に理解しているようで理由は聞かされなかったらしい。……まさか。
刹那、着信が鳴る。相手は……雅楽、じゃない。糸式マネからだ。嫌な察しが過る、が恐らく不穏な胸騒ぎの正体は的中しているだろう。
「……はい」
「っ、紫月! オフの日にすまない。実は今、雅楽を事務所で……保護している」
冷静に、俺を納得させるような柔らかな声で彼はそう言った。どうしてそうなった、と契機を話さずとも察知したように。なら、こちらも怪しまれない態度を取らないと。
「そう、それなら安心かも。はは、驚いたなぁ。まさか雅楽が恋愛に興味があったなんて」
「……そうだな。正直、何を考えているのか読めない子だが……それらは我々の業界では武器になり得る。しかし」
「私情を持ち込むのはアイドルとして厳禁、でしょ。耳にタコが出来るほど聞いたっての、先輩」
「……その呼び方は、止めなさい。もう俺は君たちの先輩じゃない。……アイドルとして破綻した俺は」
無言の圧。
どうやら苦い過去のことをぶり返して欲しくはないらしい。――それでも全てにおいて素人だった俺たちに、アイドルのいろはを教えてくれたのは他でもない要さん。誰よりも信頼出来て、互いのあらゆる事情を知っている彼だからこそ……雅楽との関係を幼馴染以上、相棒 以下と彼の中では留めておきたい。
「っ、とにかく。雅楽の自宅――マンション付近は今、マスコミの関係者で溢れていると同僚から連絡あった」
「ふぅん。別に不倫だとか、下劣な内容じゃないのに」
……俺にとっては、事実の有無に関わらず気分最悪な報道には違いないがな。
「確かに、と肯定したいが……。それだけ世間の注目或いは娯楽となっているのだろう、良くも悪くも」
理不尽だとかは思っていない。俺たちが、雅楽の凄さを一人でも分かってもらうには、そうなることが一番の近道で。避けては通れない茨の道。それでも。
「糸式マネ、雅楽に……逢わせて欲しい」
――それでも。雅楽の隣は俺以外に認めたくない。認めてたまるか。たとえ、我儘だと言われようとも。俺は独占欲の塊で溢れている。
電話越しの沈黙が十秒にも満たないのに長く感じた。
糸式マネは……一言で表現するなら酷く頭のキレる人物。要領も良くて、数年とは言え芸能界のトップにいたが故に業界のことだって人一倍詳しい。頼りになる、マネージャーという肩書きにおいて彼を上回る程の逸材はきっといない。恐らく、その原動は挫折を味わったからであって。
「……はぁ。君なら当然そう言うと思って今、例の場所に待機している」
「っ! 流石、我らの糸式マネ。すぐ準備して向かう」
「……ああ。分かっているとは思うが、用心は怠るな。では、待っている」
ビジートーンが左耳を擽る。普段は用件だけ済ませて、さっさと切る彼とは珍しく長く通話した。……と、まあ。そんなことはいい。
「……雅楽、どうして」
返答のない問い掛けに心苦しくなりながらも、支度を整えて例の場所――昔、売れなかった頃に使用していた会議室へと向かう。夏の暑さとは非対称的にひやりとした奇妙な予感を身に抱えて。
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