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第1話 

「――マッスー。俺さ……マッスーの事好きかも。多分……恋愛的な意味で」 修学旅行最終日の夜、ホテルの屋上で夜景を眺めていると教え子でもある鷲野和樹がポツリと言った。煙草に火を点けかけていた増田透の手が止まる。 「……え?」 2月も半ば、凍てつくような寒々とした夜の事だった。 ホテルの屋上から京都タワーが見えるらしいから一緒に観に行こうぜと誘われたのが数分ほど前。前々から薄々好意を感じ取ってはいたが、自分も相手も同性だし和樹が女子に告白してフラれたと言う噂は時々耳にしていたから、気のせいだと思うようにしていた。 そもそも、和樹がゲイであると言う話は聞いたことが無い。 きっと、悪戯好きな彼の事だ。突拍子もない事を言って驚かせるつもりなのだろう。だが、そう簡単に騙されると思ったら大間違いだ。 「何それ、新手の冗談か?」 「酷くね? ジョーダンなんかじゃないってば」 拗ねるように口を尖らせながら和樹は言う。少年特有の真っすぐな目で見つめられて、透は困ったように頭を掻いた。あぁ、これは冗談なんかじゃない。本気の目だ。 「俺、本気だよ? 本当にマッスーの事がs――」  全てを言わせてはいけないと思った。咄嗟に和樹の言葉にかぶせるようにして静かに言葉を紡ぐ。 「和樹。それ以上は……、言わない方がいい。悪いけど、俺じゃ君の気持ちに応えてあげられないから……」 出来るだけ感情が読み取られないように抑揚のない声で告げる。すると、和樹の顔色がみるみるうちに落胆の色へと変わていく。 「……そ、っか……。そう、だよな……ごめん」  そう言って俯き、寂し気に笑う和樹の顔を見て胸が痛む。 和樹の事は1年の頃から副担任として何かと関わって来たからよく知っている。いつも明るくて、クラスでもムードメーカーみたいな存在の生徒だ。 お調子者だが友達思いで、仲間の為に必死になれるような、熱い一面も持っている。 2年に上がって直ぐに自分が指導を担当しているバスケ部に突然入部して来た時は流石に驚いたが、少しでも皆に追いつこうと人一倍陰で努力している姿を何度も見てきた。そう言う面は高く評価しているし、一生懸命頑張る奴は嫌いじゃない。寧ろ好ましいとすら思っていることは事実だ。 だが、それとこれとは話が別だ。自分は男で相手も男。しかも教師と生徒という間柄なのだ。 いくらなんでもそれはマズいだろう。もし仮に和樹が自分の事を本気で想ってくれていたとしても、自分がそれに応えられる筈がない。 「今の感情は一時的な物かもしれないだろう? もう少しよく考えた方が……」 「マッスー……。俺、諦めないから! 今は無理かもだけど、いつか絶対……マッスーの一番になってみせるよ!」 目にいっぱいの涙を堪えながら、和樹はそう言って笑った。 じゃぁ、俺行くから。また明日な! 和樹は、そのままパタパタと音を立てて出て行ってしまった。 これで、良かったんだ。きっと……。自分は教師として間違った選択はしていない筈だ。  なのに、こんなに胸が痛むのは何故だろう。

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