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揺れる思い 4

「おはよ、鷲野君。どうしたの? 元気ないみたいだけど」 ふわりと甘いコロンの香りが鼻腔を刺激すると同時に、柔らかな感触が頭に触れた。 顔を上げると、目の前に豊満な胸があって一瞬ドキリとする。 「す、須藤先生……」 出来れば会いたくなかった相手に鉢合わせてしまい、しかも、いかにも女性らしさを強調するかのような谷間を惜しげもなく見せつけられ、和樹は思わず視線を彷徨わせた。 2年前、彼女が担任だった時は毎日会うのが楽しみで仕方なかった。 ひいき目に見ても彼女は可愛いと思うし、何よりおっぱいが大きい。 (マッスーまさかの巨乳好きだったんかな……) 思わずジッと彼女の胸に目がいってしまい、その視線に気付いた須藤からクスリと笑い声が漏れる。 「やぁねぇ。何処見てるの? 鷲野君のエッチ」 「えっ、あ、いや……ッ! ち、違うっス!! これは……ッ」 慌てて視線を逸らすと、楽しそうに笑う彼女を見て、和樹は内心舌打ちをした。 「ふふっ、相変わらず初々しいのね。かわいいなぁ……。身長は随分伸びたのに、そういうところは変わらないんだから」 「……からかわないでくださいよ」 以前の自分なら、先生のおっぱいが拝めたと確実に舞い上がって喜んでいたに違いない。だが今は、今朝見た透とのやり取りが脳裏に焼き付いていて、素直に喜ぶことが出来なかった。 透は今、どんな心境なんだろう? 過去に彼女と透の間に何があったのかはわからない。 だが、親密な関係であったであろうことは何となく想像が付いた。  もしかしたらずっと、透の片思いだったと言う可能性だってある。透の気持ちを知っていながら、結婚している身でああやって迫って来るのは聊か性格が悪いようにも思う。 「ふふ、何か悩みがあったらいつでも相談に乗るわよ? 元担任なんだし、気軽に相談してね」 ふわりとした笑顔でそう言って去っていく彼女の姿を見つめながら、和樹は小さく溜息をつく。 透が彼女に好意を寄せているとするのなら、自分が付け入る隙など最初からなかった。 「はぁ……俺ってほんとバカだなぁ」 結局の所、透は自分の事をただの生徒としてしか見てくれていない。 自分は男だから、女性には到底適わないのだから。 そう思うと途端に虚しくなって、再び深い溜息が零れ落ちた。

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