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最終話 私に抱かれて、うれしい?
橋田が宿泊する部屋に入るなり、律は唇を塞がれた。
「んっ……ん……ん」
橋田は舌を絡めながら律を抱き寄せる。律も腕を回した。橋田のくちづけに舌で応えていく。
「ん…うまいですよ」
橋田は顔を離すと、律の頬を両手で包んだ。
「キスのときは、目は閉じるんですよ」
「はい……」
律は言われた通りにした。橋田が言う。
「いい子だ……」
「橋田……さん……」
橋田はベッドに腰掛けると、自分の膝に律を乗せた。ふたりはまた唇を重ねた。
橋田の唇はとても柔らかい。だが、時折強く押しつけてくる。まるで、自分のものだと主張しているかのように。
律は橋田の背中にしがみつくと、彼の首筋に鼻先を押しつけた。
(いい匂いがする)
香水だろうか。それとも体臭だろうか。橋田の匂いが好きだ。
律は橋田の胸に手を這わせた。橋田の心臓は高鳴っている。
橋田も興奮しているのだ。それが嬉しかった。律は橋田の首に吸いついた。
(跡をつけると目立つよな……)
律は橋田の首筋から唇をずらした。橋田の耳を舐める。
「律先生……」
橋田は律の肩を掴むと、自分から引き離した。
「今日は積極的ですね」
「だめですか?」
「まさか」
橋田は律を抱きしめた。律の身体をまさぐる。律は橋田のシャツのボタンを外した。
律は橋田の鎖骨にくちづけをした。
「もっと、見たいです。あなたを知りたいです」
橋田は服を脱ぐ。均整の取れた肉体が現れる。
律は橋田のたくましい胸板に手を添えた。
「綺麗……」
「律先生の方が綺麗だ」
橋田は律の乳首を口に含んだ。
「あんっ……」
思わず声が出る。
「かわいい」
橋田は律の鎖骨を撫でた。
「昨日の痕、ちゃんと残っていますね。私に抱かれたという印。律先生の白い肌に、赤い印はよく映える」
「橋田さん……」
律は橋田の股間に手を伸ばす。そこはもう硬くなっていた。
「律先生……」
橋田はズボンの前を寛げると、律の手首を掴んだ。
「こっちは私が脱がせます」
「でも……」
「大丈夫です」
橋田は律のスラックスと下着を引き下ろすと、足から抜き去った。
「あ、あ……」
恥ずかしさで全身が震える。まだ、裸を晒すことには慣れていなかった。
「そういうところが、エロいんですよ。激しくして欲しいと目で訴えるのに、いざとなると怯えて……まあ、そこがかわいいんだけど」
律は橋田を見上げた。
「怖いんです。自分がどうなってしまうのか」
「心配ないですよ。相手は私ですよ。律先生の気持ちいいところは、ちゃんとわかってます」
「あ……」
橋田は律の性器に触れた。軽く握って上下に擦っていく。
「あ、あ、あ……」
「ほら、すぐに硬くなってきた」
「や……言わな……いで……ください……」
「どうして?」
「恥ずかしい……」
「私はうれしいですよ。律先生が感じているのがわかるから」
橋田は律をゆっくり押し倒した。
律の瞳を見つめながら、性器を愛撫する。指先で律の先端をつついたり、裏側をなぞったり、根元まで包み込んで揉んだり、緩急をつけて刺激していく。
律は身悶える。まだ刺激に慣れていないからか、好きな人にふれられているからか。
橋田に弄られると、自分の体がおかしいのではないかと思うくらい感じてしまう。
「あっ、橋田さん、橋田さん、出る……」
「出してもいいですよ」
「ん、ん……」
律は達してしまった。精液が飛び散って橋田の手にかかる。
「いっぱい出ましたね」
橋田は律の放ったものを眺めていた。そして、それを舐め取る。
「美味しい」
「そんな……」
「律先生の味です」
(橋田さんは本当に慣れている……)
上手い橋田だからこそ、昨日は初めての律の快感を引き出せたのかもしれない。
「律先生……」
橋田は律の尻を掴んで持ち上げると、両足を広げた。
「ここも見せてください」
「はい……」
律はおずおずと腰を上げた。
「ああ、なんて綺麗なんだ」
「ん……」
橋田は律の秘所を見つめると、そこに舌を這わせてきた。
温かい舌が触れると、鳥肌が立った。ぞくりとするような感覚が襲ってくる。
「橋田さん、どうして……そこまで……」
「解さないと、入らないでしょう?」
「でも、こういうのは……」
「丁寧に舌で解せば、昨日よりも感じるはずですよ。だから……」
橋田は律の後孔の中に舌を入れた。
「あ……」
「力を抜かないと、辛いですよ」
「はい……」
橋田は律の窄まりに唾液を送った。
舌を動かす音が部屋に響いた。
「あ、ん……ん」
やがて律が喘ぎはじめた。
橋田は顔を離して、律の秘所に指を挿れる。
「はあ、あ……あ」
「ほら、わかりますか。律先生のここ、私の指を締めつけている。欲しがってるんですよ」
「あ、あ……ん、ん……」
「律先生、聞こえる? すごく、いやらしい音だ」
橋田の指が律の中を探るように動く。そのたびに、くちゅくちゅと淫靡な音を立てる。
「ん……ん……」
橋田の言う通りだ。自分がこんなにも男を求める男だと初めて知った。
「あ……はし……ださん……」
「欲しい?」
「うん……」
「じゃあ、言って」
「え」
「『橋田さんのを僕の中に挿れて』って」
「そんな……」
橋田は自らのものを、律の窄まりに宛てた。
「言えるよね?」
律は首を振った。
「欲しくないんですか?」
入るところの周辺に、橋田が擦りつけてくる。
「あ、ん……ん」
きわどいところを刺激され、律は喘いだ。
「欲しいだろ?」
橋田は律を見下ろして、笑みを浮かべている。
「……う……ん……ほしい……橋田……さんの……僕の中に……挿れ……あ、ああ!」
言い終わる前に、橋田のものが入ってきた。
「ん、ん……」
「ああ、まだ律先生のここは、男慣れしてないですね。狭くて、動きづらい……でも」
「あ、あ……!」
「私はね、好きな男を自分好みに変えるのが生き甲斐なんですよ。律先生もそうです。少しずつ、私色に染まっていくはずだ……楽しみだな……」
橋田は律の中で動き出した。律の弱いところを突く。
「ん……ん、ん……ん……」
律はシーツを握りしめながら、必死に耐えた。橋田が律の耳元で囁く。
「律先生、気持ちいい?」
「ん……きもち……い……」
「どんなふうに?」
「あ、ん……すごく……あつくて……かた……い……」
「それだけ?」
「ん……おおきくて……なか……かきまわし……あ……あ……」
自分の中で蠢くものをどう感じるか。律は素直に橋田に伝えた。
「他には?」
「うごいて……はしだ……さん……」
「こう?」
「あ……ん……もっと……」
律は橋田を求めて、腰を動かした。
昨日より交わりは激しい。そうわかっているのに、もっと強烈な快楽が与えてほしい。律の体は訴えていた。
「もっと?」
「もっと、おく……」
「奥が好き?」
「すき……おく……とんって……されるの……」
「律先生は奥を責められるのが好きなんですね」
「はい……」
「素直でよろしい」
橋田は律の奥を何度も突き上げた。律はその度に高い声を上げる。
「あ、あ……はしださん……はしださん」
「律先生……」
橋田は律を抱き起こすと、自分の膝の上に座らせた。体位が変わり、律のより深いところに、橋田のものが入ってくる。
「あ……」
「好きなだけあげますよ」
橋田は律の身体を揺さぶった。律は背中を反らせて、体を震わせた。
「あ……あ……」
律は快楽に酔い痴れた。
「律先生、気持ちいいですか? 私に抱かれて、うれしい?」
「はい……うれしい……」
「私もですよ……律、律……」
橋田は律の身体を突き上げる。律の声が高くなる。結合部からは絶えず水音が聞こえてくる。
(ああ……だめ……)
気持ちいい。気持ちよすぎておかしくなる。
律は我を忘れていった。何も考えられなくなる。ただ、この快楽に身を任せるだけだ―――。
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時は流れて、春。
「律先生の小説は、すごいですね……」
律の目の前で、男が原稿をめくる。
「ありがとうございます」
「はあ……俺、律先生の担当になってよかったです。こんなすごい原稿を真っ先に読めるなんて……」
「すごい、すごいって。さっきからそればかりですよ、[[rb:北川 > きたがわ]]さん」
北川は、先月創刊された文芸雑誌の編集者だ。新卒で、律とそう年は変わらない。
律と北川は、喫茶『ふらんす』で打ち合わせをしている。
この喫茶店には、律のサイン色紙が飾られている。
いつだったか忘れたが、ひとりで読書をしていたらマスターに話しかけられたのだ。
そのとき、単行本にもサインをした。『この小説は毎晩、枕元で読んでます』とマスターは言っていた。
律が握手に応じると、マスターは紙切れを握らせた。
携帯番号とメールアドレスが書いてあった。
『いつでもいいからね』
マスターの囁きに、律は微笑んだ。
連絡するつもりは当然ない。自分を狙っている男がいるのはわかっている。
愛しい男が忠告してくれた。
「どうすごいんですか、北川さん」
「え?」
「僕の原稿のどこがすごいんですか。ストーリー? 結末? それとも……」
律はコーヒーをひとくち飲む。コーヒーは相変わらず苦手だが、少しは飲めるようになった。
律はカップをソーサーに戻すと、北川の目を見て、言った。
「怪しいシーンですか?」
「いえ……その、は、はい。そういう描写です」
あまりいじわるなことをしてはいけないとわかっていても、律はつい、北川をからかってしまう。
北川は昔の律にそっくりだった。
「気持ちいい危なさというのかな……読んでいると、俺が律先生を抱いているような気分になります」
「いいんですか、真っ昼間の喫茶店でそんなことを言って」
カウンターに目をやると、マスターが律を見ていた。北川は気づいていないようだ。
「こんな小説を書くなら、きっと淫らなことが好きだろうなって思います。どうなんですか。律先生は、好きなんですか……そういうこと」
律は口元を手で隠して、笑った。
世の男の口説き方はいろいろあるなと思った。
「ええ……好きですよ、大好きです」
「じゃあ、このあと……」
「北川さん」
「は、はい!」
律は北川を見つめて、笑みを浮かべる。
「作家はね、いつだって空想するんです。どう抱き合うと感じるか。どうふれたら、甘く喘ぐか。どうやったら、自分のものになるかってね」
北川は真っ赤な顔で、律を見つめている。
「経験はひとつでいいんですよ。湧きあがる空想を塗りつぶす、たったひとつの経験があればいいんです。そのひとつの経験を種にして、空想を栄養にして、小説を生む。作家とは、そういう生き物なんです」
律は北川の手に、そっと自分の手をかさねた。
「ごめんなさい、北川さん」
「……うらやましいな」
「え」
「律先生の経験になった男が。誰なんですか」
「男と決めつけるんですね」
「わかりますよ。律先生は、男がどうにかしたくなる男です。……ねえ、誰なんですか」
律は、愛する男の顔を思い浮かべる。
「優しくて、誠実で、あったかい感じがする男ですよ」
北川が喫茶店を出ても、律は席を立たなかった。腕時計を見る。打ち合わせは予定通りに終わった。
もうすぐ、あの男がやってくるだろう。
「律先生」
律は顔を上げた。男と目が合うと、自然と笑顔になる。
「橋田さん!」
橋田は律の向かいの席に座る。
「さっき、男が出ていきましたよ。悲しそうにうなだれて」
「へえ、何かあったんでしょうか」
「はぐらかすのが上手くなりましたね」
橋田はマスターに向かって、手を上げた。
「すみません、コーヒーと……」
「ミックスジュースをください」
「そんなに好きなら、いつも頼めばいいのに」
律は橋田の目を見つめた。
北川には見せたことがない熱っぽいまなざしで、橋田と視線を合わせる。
「橋田さんにだけ見せたいんです。本当の僕を」
橋田は微笑んだ。
「律先生。やっぱり、きみはかわいい人だ」
【了】
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