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2「故郷」と「業火」 7
「……王は、何か言っていたのか?」
何を、の部分を省略してもハヴェルには理解出来たらしい。鼻先で嘲笑ったのは、明らかに王に対してだ。
「全然、何も。多分ね、本当に『魔物を討伐した』としか思ってないんだよ。ここに住んでた僕達が人間だったなんて、夢にも思っていないんだ」
どす黒い怒りと憎悪が胸に膨れ上がる。魔物の証である赤い瞳が感情の高ぶりを映して爛々と燃えるものの、やはり封じられた魔力は戻ってこない。
「……復讐をやめさせたおまえを恨むぞ、ハヴェル」
だろうね、と答えたハヴェルを、イルフィは複雑な気持ちで見つめていた。
■
王の軍隊は村を見つけると、そこに住む人々が同じ人間の形をしているのにも関わらず、躊躇なく村に火を付けた。魔物の森に住む者が人間であるはずがない。恐らくそれが彼らの言い分だろう。
村は阿鼻叫喚の様相を呈した。
火を消そうとした者は村の中に攻め入ってきた兵士に殺され、村の外へ逃げようとした者も外で待ち構えていた兵士に殺された。農具を手に取って兵士に抵抗しようとした者は当然殺され、抵抗出来ずに家の中に押し込まれた者は火に巻かれて焼け死んだ。
イルフィはハヴェルと二人で屋敷の地下室に逃げ込んだ。
両親はイルフィ達を隠すためにわざと兵士に見つかり、生きたまま火をつけられた。
ハヴェルを抱えて隠れていたイルフィは、断末魔をあげる両親を見殺しにせざるを得なかった。これがイルフィの一つ目の決断だ。
地下室は火の手こそまぬがれたが、高音の蒸し器に放り込まれたかのようで、生き長らえることなど到底出来そうになかった。腕の中のハヴェルが熱さで徐々に弱っていくのを見て、極限状態となったイルフィは彼を助けるために二つ目の決断を下した。
村で最大の禁忌とされていた、魔力の解放である。
イルフィは黒髪が多い半魔の村人達の中にあって、魔物に近い銀髪と強力な魔力をもって生まれてきた。先祖返りだと村人達は危ぶみ、人間として暮らせるよう厳重に魔力の封印が施されていたのだが、それを自ら破ったのだ。
人であることを捨て、先祖の力を得たイルフィの尽力により、地下室は二人が安全に耐えられるほどの温度に保たれた。そして炎が村を焼き尽くす間、二人の命を辛くも守り抜くことが出来たのだ。
■
「地下室から出た後、村には炭と死体以外何も残っていなかった。僕は泣くことも出来ず、僕を抱き締めたイルフィの目はどんどん赤く染まっていったよね」
腰掛けたベンチの黒ずみに指を這わせながら、ハヴェルがぽつりと呟く。
「でも僕は、イルフィを魔物だと怖がったりしなかった。イルフィのおかげで、僕達だけは助かったんだ。だから、絶対に二人離れないで生きていこうと思った。……なのに、イルフィは僕を捨てた。遠くの町に僕を連れていって、置き去りにしたんだ」
違う。イルフィは心の中で否定する。
私がおまえを捨てたんじゃない。おまえから私を捨てさせたんだ。
魔物と化した私に出来る唯一のこと――村を滅ぼした王国への復讐に、人間のままのおまえを巻き込まないために。
(……そしていつかおまえが、魔物となった私を恐れるかもしれないと……怯えたから)
いったい、彼はこの十数年をどのように歩んできたのだろう。
人間として幸せになってほしいと、比較的平穏で孤児でも面倒をみてもらえるような町に連れていき、孤児院も兼ねているその教会の前で彼と別れた。
力が上下関係の全てを決める魔物の世界に身を投じ、先祖から受け継いだ魔力を恃みにのし上がっていく間も、あの子の幸せをずっと祈っていたのだ。
だがハヴェルは、自分の願いとは裏腹に戦う道を選んでいた。魔物を倒して名を揚げて、『勇者』と呼ばれるまでに上りつめた。
だが結局、魔物として国に復讐するという願いも、普通の人間としてハヴェルに生きていってほしいという願いも、他ならぬ彼自身に潰されてしまった。
なんという皮肉だろう。
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