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2「故郷」と「業火」 10
部屋の中に戻ってからも、ハヴェルの求めは止まらなかった。
解放された頃にはイルフィは半ば気絶していて、目を覚ましたのは陽も落ちきった後のことだった。どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
仄かな月明かりに照らされた室内は青白く、傍らでは枕を同じにして眠るハヴェルが、スウスウと安らかな寝息を立てている。
朝方から続いた激しさはすっかり形を潜め、骨っぽい輪郭や通った鼻筋の精悍さは損なわれていないものの、表情は穏やかで健やかで、可愛らしさすらあった。
こうして見ると――あの瞳が隠されていると、自分の記憶の中で宝箱にしまってある、子どもの頃の彼そのままだと思ってしまう。
「…………」
ハヴェルが子どもの頃。
自分がまだ人間だった頃には、こうして二人で寄り添って、同じベッドで眠った。
魔物に近い風貌をもつイルフィは、村長の息子という地位と穏やかで人当たりの良い性格も相まって、村内で孤立するということはなかった。
だがやはり、どこか腫れ物に触れるような、恐れられているような気配は確かにあって、先祖返りがイルフィの在り方に一抹の影を落としていたことを否めない。
だから余計に、一途にイルフィを慕ってくれるハヴェルの存在は救いだった。ハヴェルにとってイルフィが代えがたい思慕の対象であったように、自分にとっての彼もまた、失うことの出来ない宝物であったのだ。
(……おまえが魔物になった私を恐れたらと思うと、怖かったんだ)
あのまま別れず傍にいても、今のように狂おしく執着してくれたのだろうか。
傍にいなかったからこそ渇望したのではないか。
もしも共に在ったら、自分を置いて成長していく彼は、それでも自分を異質な存在として忌み嫌うことはなかったのだろうか。
(……詮無いことを)
目元にかかる彼の長い前髪を払ってやろうとして、やめる。
自分から彼に触れることは、その瞼が閉ざされている間とはいえ、どうしても憚られた。
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