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第21話

見上げた堀井の顔は、なぜか苦しそうで……。 僕は慌てて首を横に振った。 堀井の顔が近づいてきて、キス、されると思った。 けど、堀井は僕の顔の横に額を押しつけ、大きく息を吐いた。 堀井の息が首筋にかかり、発作の時とは違う震えがまた来た。 「…堀井、田上からまだ聞いてない?」 僕は出来るだけ平静な声を出した。 「何を?」 堀井は顔を上げない。声は僕の耳元に響く。 「年明けから、僕が田上の家に行くって話」 堀井が息を詰めたのがわかった。 「本当に?」 「ホント。堀井が嫌でなければ」 堀井は僕の首筋にキスしてきた。背中に震えが走る。 「嫌なわけ、ない」 今度は耳元に低いささやき。 僕は堀井の背に手を回した。 「堀井…、キス、して……」 僕が小さく言うと、堀井は僕のほおにキスしてきた。二度、三度と……。 違う! 僕は堀井の肩を押して顔を上げさせると、その唇に唇を押しあてた。 熱くやわらかな感触を確めて、舌でその唇を押し開く。 堀井はすぐにそれに応えてきた。その時─── スマホが鳴った。 僕は固まりながらも、ひとつ呼吸をついて、でもわざと、 「…ぁ、はい?」 と電話に出た。 『………………』 無言。電話の向こうから咳払い。 僕は自分の口元を手で押さえて笑いをこらえた。 『あー、お取り込みのところ…』 「メシね?」 『たっくん?もしかしてわざとやった?』 「田上のタイミングが絶妙過ぎて、堀井が憤死しそうになってる」 『………………』 またも無言。 「すぐ行く」 僕はそう言って電話を切った。 堀井を見ると複雑な笑みを浮かべて僕を見てる。 何? という意味で首をかしげると、 「猫だと思っていたら、ピューマかヒョウだった、って気分だ」 堀井はそう言った。 「……嫌…になった?」 僕が指先で堀井のほおに触れながら聞くと…。 「いや、すっごく楽しい、けど…」 けど? 「佑、おまえ、今自分が余裕の笑み浮かべてる自覚ある?」 「え?」 「しゃくに障るから、余裕ないくらいに攻めてみたくなる」 えっ!? 堀井が僕をとらえようとするのを、 「メシ!田上待ってるから」 のセリフでかわした。 「準備出来たか?」 田上の様子を見に行って戻って来た堀井が、部屋に入って来ながら僕にそう声をかけてきた。 「うん、出来た」 僕はキャリーケースを閉めながら答えた。 今日は終業式。 寮生はみんな家に帰る。 僕は立ち上がって部屋の中を見まわす。 「どうした?」 堀井が僕の前に立った。 「短い間に色々あったと思って」 「そうだな」 堀井の手が僕の腰にまわされた。 僕を見おろした堀井がフッと笑う。 「何?」 「初めて佑を見た時のこと思い出した」 「ここで?」 「そう。あの時、佑はすごく頼りなく見えた。次に部屋に戻った時も」 僕は黙って堀井の言葉を聞いていた。 「薄暗がりの中、まるで捨てられた子猫みたいに見えた」 堀井は優しい目で僕を見た。 「あの時、佑に対してあんな言い方をしたのは、あんな言い方でおまえを遠ざけないと…」 堀井は片手で髪をかき上げた。 「おまえを抱きしめてしまいそうだった」 「え?」 堀井の顔が少し赤い。 「初対面の、しかも男にいきなり抱きしめられたら、引くだろ?」 「そう…だね」 「たぶん、一目惚れだ」 照れたように僕から視線をそらしてそう言った堀井は、可愛かった。 僕はあごを堀井の胸につけた。 「俺は、ヤな奴って思ったよ。すっげームカついた」 「うん、ごめん」 堀井の手が僕のほおに触れる。大きくてあたたかな手。 「そのあとも、佑は予想外の表情ばっかりで目が離せなくなった。怒ったり、泣いたり、儚げだったり、すごい強気だったり…」 「俺は変な奴って思った。それから……」 「それから?」 「一緒に居て、安心した。だから、一緒に居たい、って思った」 堀井の顔が近づいてくる。唇が触れた時…。 入口で咳払い。 立っていたのは田上。 「ドア、開いてたんですけど…」 田上が苦笑いを浮かべた。 堀井が僕の体に腕をまわしたまま、すごい目で田上をにらんでいた。 「堀井、そろそろバスの時間だよ」 僕は堀井の腕をたたいて、田上をフォローした。 寮の玄関では、上村が寮生を見送っていた。 僕があいさつをすると、上村は何度もうなずいた。 校門の近くで原さんと高田さんを見つけて、僕は二人のほうに歩いた。 「よお、佑」 「落合さんは?」 原さんが声をかけてきたのでそう聞いた。 「一本前のバスで出た。きっと今ごろはおまえのクラスメートとしばしの別れを惜しんでるんじゃないか」 「落合さんち、遠いんですか?」 「いや、隣の県だ。ここまで片道二時間ちょっとって所かな。だから、会おうと思えば会えない距離じゃないけど」 でも毎日は厳しいか。 「佑、休み中、俺と遊ばないか?」 原さんがそう言った。 「あ〜、俺、田上んち行くんで」 「田上?ってことは堀井と一緒ってことじゃないか」 原さんはやっぱりそういうこと知ってるんだ。 「佑」 原さんが僕との距離を詰めてきた。 「堀井とケンカしたら俺の所へ来い。たっぷり慰めてやる。俺に乗り換えたくなるくらいに」 僕はわざと顔をしかめて、 「原さんて、俺のことダシに使ってるだけで、ホントは堀井のことが好きなんじゃないですか?」 と言った。 原さんは一瞬目をみはり、それから僕のあごに手をかけた。顔が近づく。 「妬いてるのか?」 は? 後方からものすごい勢いでこちらに来る堀井の気配を感じた。 僕は原さんの手から逃れ、 「原さん、高田さん、良いお年を」 と言った。 はなから第三者を決め込んでいた様子の高田さんは、笑って手を振った。 原さんは苦笑いをしてから、いつも通り完璧なウインクをした。 そのあと僕は堀井に首に腕をかけられ、田上の待つバス停まで強制連行された。 よく晴れた冬の日のことだった。 第一章 完

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