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第6話

※?視点 暗い暗い闇の中 痛くもないし感情がない でも、なぜだか涙が溢れてくる あ…そうか、もう会えないから悲しいのか …なにに会えないのだろうか だめ…忘れちゃ…そう、あの人が待っている ー可哀想な小鳥、死ぬ事を許されず羽根をもがれた飛べない鳥ー この声は…あの時俺をこの世界を導いた声に似ていた。 でも、声の言っている意味が何の事を言ってるのか分からない。 小鳥?…と呟くと目の前いっぱいに白い羽根が舞った。 まるで自分の羽根が生えていて、毟り取られたような………考えるのはやめよう。 手を伸ばすがまるで幻のようにすり抜けてしまい触れない。 それがとてももどかしくて必死になり伸ばした手を握る。 ーさぁ、最後のチャンスです…飛べない小鳥が幸せになる物語を私に見せてくださいー 男とも女とも感じる不思議な声がした後、ガクッと意識がなくなった。 ーーー がやがやと声が聞こえる、身体を誰かに揺すられ強制的に起こされてゆっくりと目を開けると目の前に見えた太陽の光で目を閉じる。 …寝起きにはあまりにも眩しすぎて毒でしかない。 太陽をなるべく直で見ないように仰向けだった身体を横向きにする。 すると、自分を囲むように人がいるのに気付き目を丸くした。 そういえば自分は何故此処で寝ているのだろう。 「おっ、にいちゃん起きたか?」 厳つい低音ボイスが聞こえて周りを見て探すと見覚えがある顔がいた。 あのおじさんはいつもお菓子の材料を買う時おまけしてくれる人だ。 そう思い周りを再び見ると、いつも行くイズレイン帝国の城下町だった。 …殺されたはずじゃなかったのかと刺されたであろう腹部を見ようとして違和感に気付いた。 白いシャツに黒い短パン…俺はこんな服を持っていなかった。 しかも全身ビショビショに濡れている、ますます分からなかった。 戸惑う俺に慌てたように女性が駆け寄り頭を下げた。 「息子を助けていただきありがとうございます!」 「…え、息子?」 ますます分からないし、何より声が違う気がした。 女性の後ろには同じく服や髪が濡れた小さな少年が泣いていた。 周りを軽く見渡すと俺がいる近くには湖があるのが見えた。 少年を助けようとして湖に飛び込み救出したのだろうか…しかし俺にその記憶はない。 女性は俺にまた頭を下げて周りは俺を褒めていた。 水分を含んだ服が気持ち悪くて立ち上がり服をしぼった。 そして手すりに掴まり湖の水面を覗き込み、目を見開いた。 「…だ、誰?」 そこには自分とは別の人間の顔が写り込んでいた。 平凡な容姿は変わらないが、やや童顔だった俺の容姿とは違い柔らかい雰囲気だがちゃんと青年の顔をしていた。 頭を抱えて状況が呑み込めず怯えると周りが異変に気付いた。 「どうかしたのか」とか「大丈夫か」という声が聞こえた。 一番この状況を理解出来ず聞きたいのは俺自身だ。 戸惑う俺に一人のおばあさんが近寄ってきて、俺の服を引っ張る。 「来なさい、君の家に案内するよ」 「……え?」 おばあさんはなにか知ってるのか俺の返事を聞かず歩き出した。 俺はここにいても何も解決しないと思い、周りの人にお辞儀しておばあさんに着いて行った。 おばあさんは何も話さず何処かに向かい、俺が誰ですかと聞いても答えなかった。 湖から数分歩き続けてとあるお店の前で足を止めた。 オシャレなカフェのような外装だが、閉まっている。 こんな店見た事ないが、あっただろうかと首を傾げる。 「今日から此処が君の家だよ、生活費などは自分で稼ぐんだよ…店は好きに使いなさい」 「あ、あの…おばあさんはいったい誰なんですか?」 「神様が君にチャンスをくれたのよ、何故君がこの世界に呼ばれたのか…よく考えて最後の命を大切にしなさい」 おばあさんはやはり答えらしい答えを言わずそう言い歩き出し路地裏を曲がった。 俺は慌てて追いかけたが、何故か路地裏には誰もいなかった。 神様がくれたチャンス…もう一度、人生をやり直す事を許された気がした。 自分がこの世界に呼ばれた理由なんて考えた事もなかった。 確かに理由はあるんだろうが、今は分からないから置いておこう。 ふと見上げると大きな城が立派にその存在を主張していた。 俺が住んでいた場所、そして…愛するあの人がいる場所… 今があれから何年後の世界か分からないが、おじさんはあの時と全く変わってなかったから10年後とかではなさそうだ。 「くしゅっ」とくしゃみをしてそういえば濡れた服のままだった事を思い出す。 ポカポカ天気の春でも風邪を引くと恐る恐る店のドアノブを掴んで開けた。 鍵は掛かってなくて中を覗くと電気も付いていないから当然薄暗かった。 手探りで壁に手をつきスイッチを探し、電気を付ける。 そのお店はケーキ屋だったのか、ショーケースや一組のテーブルや椅子がある。 テーブルの上には段ボールが置かれていて『早川瞬様』と宛名が書かれていた。 自分の名前にどきりとしながら段ボールを開けると、店とその奥にある自室の鍵と茶封筒と一枚の紙が入っていた。 茶封筒を覗くとお金が入っていてびっくりして落としてしまった。 床に落ちた茶封筒を拾い、お金と一緒に入っていた紙を見る。 『茶封筒には僅かですが資金が入っています、これでなにかを買い店を開いて下さい、貴方を神様はずっと見ていますよ』 俺は何の価値もない自分が何故そこまで神様がしてくれるのか分からなかった。 でも、生きるために新しい人生を開こうと思った。 入っていたものを段ボールに入れて持ち上げ、店の奥の自室の扉を鍵で開けた。 俺はまだハイドさんを愛していた…けど、もうハイドさんには会わないと心に決めた。 …だって、ハイドさんはきっと婚約者の人と結婚しただろうし…そんな姿を見たら俺は今度こそ心が壊れていく気がした。 だから…早川瞬という名も捨てて第二の人生を歩もうと決めた。 名付けた親に謝りながらちゃぶ台のテーブルとクローゼットと布団と洗面所と出口の扉しかない(たたみ)の自室に入る。 自室とは別に店にはもう一つ扉があったから後にするとしてまずは濡れた服を着替えようとクローゼットを開けたら何着か服が入っていた。 クローゼットの引き出しにはタオルがあり、それで髪や身体を拭きテーブルに置かれた新聞を見た。 これは今日の新聞だろうか、だとしたら今日は一年後の……俺が死んだあの日となる。 俺は洗面所に向かい、洗面台の鏡を覗き込んだ。 茶色い髪に黒い目…俺の時は黒髪黒目だったから別の人物だ。 これならまず誰が見ても俺だと気付かれないだろう。 …けど、俺は不思議な気分になっていた…俺は誰だったんだろう。 この身体の本当の持ち主は今何処にいるのだろうか。 …もしいたらごめんなさいと、伝わっていないかもしれないが謝った。 また、生まれてきてしまって…未練がましくてごめんなさい。 店のもう一つの扉は厨房で、やっぱりケーキ屋だったのかなと思い俺は決めた。 俺の趣味を活かしてお菓子屋さんを経営しよう。 もう少し内装を綺麗にして買うものを紙に書く。 俺は自分の名を捨てて、イノリと名乗る事を決めた。 この名は元の世界で飼っていた愛犬の名前だったりする。 茶色いところがそっくりだからだ…それ以外は全然似てないけど… 次に大事なお店の名前をどうするか考えようと悩む。 ーショコラ・フロマージュー ふとその名前が自然と頭に入ってきて驚いたが何だか納得した。 それはハイドさんに初めて渡したカップケーキの名前だった。 ハイドさんを想うとまた暗くなりそうだから頭を振り、名前を決めた。 …このくらいなら許してくれるかな?と思いながら… 半日かけてイノリのお店、ショコラ・フロマージュ開店準備をして…次の日、無事開店した。 城下町にはお菓子屋さんはなく、俺の店は大繁盛した。 特に甘いもの好きの男性や、可愛いデコレーション目当ての女性で溢れていた。 俺はお菓子を買い笑う人達を見て、自分のお菓子でこんなに人を幸せに出来るのかと嬉しかった。 見知った騎士も何人か訪れてびっくりしたが相手は気付いてなくてホッとした。

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