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第5話
※ハイド視点
全速力で馬車を走らせて自国に向かって急いだ。
城内の部下から伝書鳩で伝言を受け取ったからだ。
内心後悔で頭がいっぱいで到着するまで眉を寄せて柄にもなく神に祈ったりしていた。
何故、気にかけてやらなかったのか…今朝の事もそうだ…いろいろと思う事はあったというのに…
血が流れるほど強く拳を握りしめて、向かいに座るリチャードが心配そうに俺を見ていた。
向こうの国に到着する前に送られてきた伝書鳩の手紙にはこう書いてあった。
『瞬様が国に紛れ込んでいたハーレー国の騎士に襲われました、大至急お戻りください』
瞬が無事でいてほしかった、大丈夫だといつものように笑ってほしかった。
そうでも思わないと心がどうにかなってしまいそうなほど動揺していた。
イズレイン帝国に戻ると城下町は騒がしかった、ハーレー国の騎士がいたんだ…当たり前だ。
馬車から降りて人混みを掻き分け騒ぎの中心である路地裏に急いだ。
人が入らないようにバリケードをしていた騎士の横を通り抜けた。
女性が傍で泣いていて騎士が事情を聞いているが、俺はすぐ目の前を見つめて身体が動かなくなる。
「……瞬?」
地面に横たわる愛しい者の名をぽつりと呟いた。
指先から全身の温度が冷えていくのが自分でも分かる。
俺の後から馬車を降りたリチャードも追いつき、目を見開く。
早く行かなきゃとやっと足が動き瞬の身体を抱き寄せる。
いつからここにいたのか、瞬の身体は冷え切っていた。
腹部は真っ赤に染まり、頬には涙の跡があった。
まるで普通に眠っているように思えて、力強く抱きしめる。
息がない、分かってる…でもまだ何処かで助かるのではと思ってしまう。
震える手で瞬の髪に触れていると耳障りな声が聞こえた。
どうやら数人の騎士に押さえつけられているハーレー国の騎士が笑い出していた。
この状況のなにが、可笑しいというのだろうか。
…この男が俺から命よりも大切な瞬を奪ったのか。
瞬をそっと地面に寝かせて、腰に下げていた剣を鞘から抜きハーレー国の騎士に向かった。
「お前が、瞬を殺したのか」
「ひゃひゃひゃ!!バカな男もいたもんだ、弱いくせにヒーローぶるからこうなるんだよ!」
まだ笑う男に押さえていた騎士に離すように命じて、でも逃がさないように足で踏む。
…瞬はこんな奴に殺されたのか、剣の握る手に力がこもる。
いろいろ聞かなきゃいけない事は山ほどあった、でも今は頭に血が上っていた。
剣を振り下ろす…最後まで笑っていた男は舌を出し息絶えた。
きっとまだ、いるだろう…ハーレー国の騎士がコイツだけとは思えない。
ハーレー国の国王を倒して終わりだと思っていた自分の甘さが招いた結果だ。
一番殺してやりたいのは平和ボケしていた自分自身だ。
リチャードがハーレー国の騎士の死体を運ぶよう命じていて、瞬は俺が抱きかかえた。
瞬の魂はなくとも、墓に入るまではひと時も離れたくないと思いながら歩き出した。
ーーー
冷たい風が頬を撫でて俺は路地裏に佇んでいた。
もう片付けられて何もないコンクリートの地面をそっと優しく触れた。
涙は愛する者が眠る棺の前で散々泣いたから枯れてしまった。
彼がこの世からいなくなり2週間が経過していた。
シオンの花束を彼が最後に生きていた地に置く。
「君に渡す花が変わってしまった、すまない」
本当は別の花を渡し彼にプロポーズするつもりだった。
彼は自分を受け入れてくれたのだろうか…今となっては分からない。
あの時散々涙して枯れたと思っていた涙がまた溢れてきた。
彼のような暖かさはないが、彼のような優しさがあるような風が強く吹くのを感じた。
「もう一度、笑ってくれ…名を呼んでくれ…触れてくれ……俺を置いていかないでくれ、瞬」
崩れるように地面に座り込み、もう生きる事全てに絶望していた。
足音が聞こえてそちらを見ると、心配して様子を見にきたリチャードだった。
リチャードは俺の気持ちを分かっているからか、何も言わずただ俺を見ていた。
その場から逃げたもう一人のハーレー国の騎士も殺した。
…これで、仇は全て討った…少しでも安らかに眠れればいい。
足を動かし立ち上がり、瞬がいるかもしれない空を見上げた。
今日は青空が雲に隠されてしまった。
「リチャード、俺は残りの敵国の騎士を皆殺しにする」
「……皆殺しって…ハイド、冷静にな…」
れ…と続いたであろう言葉をリチャードは呑み込んだ。
俺の瞳の鋭さは今まで見た事がないほど冷たかったからだろう。
厳しかったが優しさも持っていた俺はもうこの世にいない。
今いるのは愛する者を殺された怒りと悲しみを持つ男の姿だった。
俺は誓った、もう恋は絶対にしないと…彼だけを永遠に愛すると…
ーーー
一年後、俺は血の滲む訓練の結果敵国が恐れるほど強くなりハーレー国の騎士を次々と殺してきた。
俺の瞳にはもう何の感情も宿ってはいなかった。
どんな言葉で誘惑し、褒めても眉一つ動かさない冷酷な騎士団長となった。
言葉を交わすのはイズレイン帝国の王様と幼馴染みのリチャードだけ…それでも必要最低限の会話しかしない。
あの時から俺は変わった、誰もがそう思っていた。
きっと俺を元に戻せるのは今は亡き恋人だけだろう。
それともう一つ、俺には大きな秘密が出来てしまった。
…その秘密は極秘事項として城の中だけで守られていた。
本人も知らない、とても重大で後に俺の運命を変える秘密が…
今でもまだあの日の記憶が鮮明に思い出される。
初めて君と出会ったあの場所…
初めて君が笑って泣いたあの日…
どれもこれも綺麗で美しくて…もう二度と見る事は出来ない。
永遠に忘れる事はないだろう、君がいたこの場所…君の存在…
彼が眠る墓地の前で勿忘草 の花を送った…あの時君に渡そうとしていた花を…
「もし、君が生きていたら届けようと思ってた花だ……送るのが遅くなってごめんな」
墓石を撫でる、彼は天から笑って見ていてくれるだろうか。
帰ってこない返事に涙を流し、小さくそれでも聞こえるように呟いた。
青い花びらが舞い、二人を祝福してくれてるように思えた。
ハイド・ブラッド24歳。
俺は孤独に戦う事を誓った。
そして全て終わったら愛する者の隣で永遠の眠りに堕ちよう。
それが俺にとっての幸せの形だった。
シオンの花言葉ー君を忘れないー
勿忘草の花言葉ー真実の愛ー
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