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第4話
翌朝、ハイドは昨日まで考えていた通り婚約者に婚約破棄を申し込むためにリチャードと共に城下町の入り口まで来ていた。
騎士団長と副団長が不在で心配事はあるが、長年敵対していたハーレー国は滅びたから安心していた。
実際ハーレー国以外の国はイズレイン帝国に喧嘩を売るほど馬鹿ではなく、清き友好関係を築いてきた。
あの凶悪な独裁国と呼ばれたハーレー国の騎士をたった一人で半分以上倒したハイド・ブラッドと残りの数を一人で倒しハイドをサポートしたリチャード・ヴァーンがいるのだから…
それに他の騎士達もそこそこ強く二人がいなくても城を守れるほどの力はある。
だから二人は仲間達を信じて国を任せる事にした。
ハイド一人だけで十分だが婚約者がいる国はハーレー国と近いから念のためリチャードも同行する事にした。
ハイドは名残惜しそうにしばらく城を眺めていた。
いつもなら見送りに欠かさず来る瞬が来なくて不安だった。
さっき城を出る前に瞬の部屋に向かったがノックしても出なかった。
瞬が寝ているならそれでいいが…こんな事、今までなかった。
「瞬様だって毎日起きるの大変だろ?一日くらいのんびり寝かしてやれって」
リチャードはそう言って停めてある馬車に乗り込んだ。
それだけならハイドも構わない、ただ…何故か不安が全然消えない。
馬車から顔を出したリチャードに急かされて馬車に乗る。
時間が押しているからこれ以上待ってられない、帰ってきたら瞬とゆっくり話そう。
悩みがあるなら話してほしい、一緒に考えて乗り越えよう。
馬車に乗っても目線はずっと窓の向こうに見える城に向けられていた。
泣き腫らした目では心配掛けるから会えないので瞬は屋根裏部屋の窓からハイドを見送った。
今朝ハイドが来た事が分かりとっさにドアを開けようとしたが、昨日の光景を思い出してドアの前で止まった。
ハイドが去っていく足音を聞き、もう枯れたと思った涙を流す。
沈んだ心を気分転換したくて城下町を散歩しようと部屋を出た。
あてもなく歩き、ふといつも立ち寄るお菓子の材料が売ってるお店の前で立ち止まる。
ディスプレイにはキラキラしたお菓子の見本のレプリカが飾られていた。
いつもこのお菓子好きそうとか、喜んでくれるかな?とか考えて見いていた事を思い出す。
店員が店から出てきて常連の瞬を見つけ「買っていくかい?」と言ってくれたが首を横に振る。
もう、お菓子を食べてくれる人がいないなら作ったって無駄だ。
騎士の人達にも食べてもらえて嬉しかったが、やはり大好きな人に食べてもらうのとは全然違う。
瞬はハイドに喜んでほしいという気持ちだけでお菓子を作っていた。
考え事をしていてたどり着いたのはいつもは通らない路地裏でフラフラと歩くと大きな音と怒鳴り声が聞こえた。
その声はただの喧嘩のようには思えず声がした方向に急いで向かう。
人が通らない何もない寂れた場所に男二人に女性が襲われていた。
ただ事ではないとすくに分かり、助けようと走り足を止めた。
「あ?誰だお前」
「…貴方達こそ、誰ですか?」
男達は騎士団の軍服を着ていた、だから騎士団の誰かかと思って近付いたが違和感に気付いた。
…一度ハイドの所属する騎士団を知りたくて本を調べた事があった。
騎士団の服は例外なく白い西洋の軍服を着る事を義務付けられていた。
…でも、この人達のは黒い…確かこれは旧騎士団の軍服ではなかっただろうか。
今更昔の軍服を着る騎士がいるのだろうか…いや、いるわけない…瞬は城の掃除をしていたからだいたいの騎士団の人達と会ってるからそんな人を見た事ないから分かる。
じゃあこの人達はいったい、誰?何故昔の軍服を着ているんだ?
疑い出した瞬に怪しい男達の一人は腰に下げていた剣を抜いた。
鋭く尖った刃を向けられて女性が悲鳴を上げた。
「ちっ、二人にも俺達がハーレー国の人間だとバレちまった」
「何人始末しようが変わんねぇよ」
ハーレー国って、イズレイン帝国のライバル国でハイド達が制圧した国の筈…もしかして、生き残りの兵が復讐で潜り込んでいたのかと驚いた。
本来なら平民が無茶をしても怪我するだけで、騎士の誰かを呼んだ方がいいのだろう。
男の一人が女性の腕を掴み剣を突き立てようと振り上げた。
騎士を呼ぶ時間なんてなかった、自分がやらないで誰が助けるんだ?
すぐに男の肩を押して、一瞬気が緩んだところで女性を男の腕から逃した。
瞬だって騎士団の人達に護身術を教えてもらってたから女性が逃げる時間ぐらい稼げると思った。
……ハイドが愛したこの国を瞬も守りたかった。
男が反撃するかもしれないからすぐに体制を整えようと振り返った。
女性を刺そうとしていた刃が勢いが止まる事なく向かってくるのが見えた。
逃げる暇なんて与えなかった、腹部に鋭い痛みが走り身体が熱くなった。
瞬は必死に腹の底から女性に逃げるように訴えた。
驚いて立ち止まっていた女性はハッと我に返り慌てて逃げる。
剣が引き抜かれて足に力が入らず地面に倒れた。
ぼやけた視界は男達が何処かに行く足が見えた、気がする。
あの女性を追いかけていったのかもしれない…ちゃんと、逃げられていればいいけど…
視界が真っ暗で見えない、見えない…必死に最後の力を振り絞り手を伸ばすがあの暖かい手で包んでくれない。
自然と涙が出てきた、もう彼の美しい顔を見る事も出来ない。
それがどんな事よりもたまらなく悲しかった、声を出したかったが息が出るだけだった。
それももうか細くなっていき、やがて息も出来なくなった。
俺は貴方にとって、どんな存在だったの?
……少しでも、愛してくれた?
あいたいよ
最後に一筋の涙を流し、何処かに伸ばされた手も力なく地面に下ろされ…暗闇に沈んだ。
早川瞬、21歳の短くも長い人生の幕を下ろした。
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