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第3話
「本当に馬鹿だよね、君」
「…?」
お菓子作りに厨房を借りて料理をしていたある日の事。
今日は甘くないサクランボみたいな『ルルの実』を使ったカップケーキを作ろうとしていたら、突然厨房に誰かが現れた。
いつもはいいニオイに誘われて来る人がいてカップケーキをお裾分けするが、まだ小麦粉を混ぜてる段階だからニオイに誘われたわけではなさそうだ。
現れたのは可愛らしい少女のような顔の少年だった。
騎士の人達の中でリチャードの次によく会う、確か見習い騎士のイブだ。
ハイドに憧れて入ったといろんな人に言っていたのが印象的だった。
イブは瞬が気に入らないのかいつも瞬に突っかかり瞬を困らせていた。
でも瞬は嫌いになれなかった、自分が作った事を言わずにイブに食べさせたいとリチャードにカップケーキを渡してイブに食べさせた時があった。
その時のイブの顔と「美味しい」と呟く素直な心に瞬はイブが何を言おうとも嫌いになれなかった。
後に瞬が作った事がバレて殴り込みに来たけど…
今日はどうしたのだろうかとルルの実をすり潰しながらイブを見る。
イブはいつもみたいないたずらっ子のような悪い顔じゃなく、なんか元気がない印象だった。
「何にも知らないなんて本当に幸せものだよね、結婚するって言うのに…」
イブから発せられた言葉に肝心の事が抜けていて首を傾げる。
結婚する?誰が?今までそんな話誰にも聞いていない。
瞬に言うって事は瞬の知り合いだろうかと考える。
リチャードは恋人いないし、なにかあったら教えてくれそうだ。
他の騎士が結婚するのだろうか、でもわざわざイブが言いに来るのは変だ。
となるともしかして報告に来たのだろうか、それだったら納得出来た。
「えっと、イブくんが結婚するの?」
「ばっかじゃないの!…本当なら僕が結婚したかったよ」
イブはなにかを堪えるような辛そうな顔をして俯いてしまった。
なんか変な事を言ってしまっただろうかと容器を置きイブに駆け寄る。
するとイブの頬に一筋の涙が溢れていて驚いた。
…いつも強気で元気なイブが泣いてるのを初めてみた。
なにかイブを傷付ける事を言ってしまっただろうか。
どうしようかとオロオロしていたらキッとイブに睨まれた。
「ハイド様のお前への愛は偽者だったって事だよ!!」
「……え?」
イブはそれだけ言い走って厨房を出てしまった。
…なんでそこでハイドの名前が出て来るのか…偽者ってなんなのか分からなかった。
分からなくて分からなくて、とても不安な気持ちになった。
後ろを振り返ると混ぜかけの生地が入った容器が見えた。
明日からハイドはしばらく出かけるみたいだから御守りのカップケーキを作っていたんだと思い出し続きを作る。
…その間でも瞬の心に残るのはイブの涙と言葉だった。
瞬は気付いていなかった…イブはハイドが好きなのだと…
でもイブはハイドが自分を見てくれない事をすぐに気付き、ハイドの前では自分の気持ちを表に出さないようにしていた。
だからそのストレスが瞬に向かうわけだけどイブを嫌わず苦笑いで全て受け流す瞬に困惑していた。
…そしていつしか瞬なら、ハイドを幸せに出来るのではないかと思い始めていた。
だからイブは瞬に言う事はなかったが、密かに認めていたからこそ涙したんだ。
確証はなかったがあの噂を聞いてしまったから…
ーーー
カップケーキが完成してラッピングをしてからハイドがいる部屋に向かって歩いていた。
まだモヤモヤするがハイドの顔を見れば晴れるだろうと思っていた。
廊下を歩いていると話し込む2.3人の噂好きのメイド達がいた。
通行人に目もくれずお喋りに花を咲かせて夢中のようだ。
瞬も素通りしようとしてある言葉が耳に入り足を止めた。
「ハイド様、ご結婚なさるそうよ」
ハイドが…結婚?…聞き間違えかと思ったがもう一度ハイドの名前を聞き、ハイドの話をしていると分かった。
盗み聞きをしたいわけじゃないがきっと瞬が声を掛けたら逃げてしまいそうだから話の内容が気になりそっと立って聞く。
影が薄いのが役に立つ日が来るなんて瞬は今日一番に感謝した。
話を聞くにつれ鼓動が早くなり、胸が苦しくなった。
…聞きたくなくても聞かなくてはならないと思った。
それがただの噂でモヤモヤが晴れる事を信じて…
「それではお相手はやはり瞬様で?」
「いいえ、違いますわ…お相手は婚約者のミゼラ様ですわ」
「まぁ、瞬様がいらっしゃるのに婚約者がいたんですの!?」
「婚約者が現れたのは最近の事だと聞いていますわ、明日はミゼラ様に会いに行かれるそうですわ」
「瞬様は男性ですから子を産めません、ほらハイド様のご実家は貴族の中でも上位の家柄ですもの」
「…瞬様お可哀想に、ハイド様もいつまで隠し通す気ですの?別れの日が別の方との結婚式などと、私でしたら堪えられませんわ」
瞬はこれ以上聞くのが堪えられなくてその場を後にした。
噂、噂と心の中で唱えてももしかしたらと思う自分もいた。
本人に聞けばいいが、聞くのがとても怖かった。
まだ知らないフリをして今日はカップケーキを渡して帰ろうと思いハイドの部屋の前で足を止めた。
ドアをノックしようとして上げた手を止めて、力なく下ろした。
…あぁ、どうして聞きたくない話ばかり聞いてしまうのだろう。
「ハイド、明日手土産ぐらい持ってったらどうだ?」
「…必要か?」
「お前なぁ、相手は巫女様だぞ?仮にもお前の婚約者なんだから」
「……」
「睨むなよ……それにしても瞬様に言わなくていいのか?」
「…あぁ、瞬を悲しませたくないからな」
「そうか…結婚、するんだもんなハイド様は」
…結婚、じゃああの噂話は噂ではなく本当だったのか?
ハイドがいるであろう部屋のドアに恐る恐る触れる。
ハイドはいつから決めていたのだろうか…もしかしたらずっと前から…
男と付き合うのに抵抗があったのだろうか、だから女性と結婚するのだろう。
ハイドは優しいから言えずに過ごしていたのだろうか。
でもそれは残酷な優しさだと感じた、早めに言ってくれればこんなに好きにならなくて済んだかもしれないのに…
そのまま声を掛ける勇気もなくその場を後にした。
「…で、挙式はいつにするんだ?」
「………まだ早い、プロポーズもしてないのに」
「でももう決めてんだろ?瞬様喜ぶと思うよ」
「………」
瞬の笑った顔を想像して柔らかく微笑み、リチャードもやれやれと笑う。
結婚しないハイドに相手がいないと勝手に思い込んだハイドの両親は遠い国の巫女と呼ばれる女性との縁談を勝手に進めてハイドの知らない間に婚約者にされた。
それを知ったのは最近で、明日は婚約破棄を告げるために巫女がいる国に行く事になっている。
そして帰ってきたら瞬にプロポーズをする気だった、そのために花を用意している。
婚約破棄する話だから瞬に言って不安にさせないために黙ってる事にした。
…既にその場を離れていた瞬は、何も知らない。
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