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第2話
それは付き合って半年の月日が流れたある日の出来事だった。
瞬はいつものようにお菓子の本をパラバラと捲り読んでいた。
最初は言葉も通じなかった瞬だが、ハイドに教えてもらい読み書きが出来るようになっていた。
だいぶこの世界にも慣れてきて、もう一人でも日常生活が送れるようになっていた。
暖かい春の日差しが眩しい今日、瞬は机に向かっていた。
机に山積みされた本の上に置いてあった料理本を手に取る。
お菓子だけじゃなく、料理もハイドに振る舞えたらと思い嬉しそうに笑う。
窓の側には大事に枯らさないように育てたベコニアの花が咲いていた。
瞬もいつかハイドみたいにカッコよく花を渡して気持ちを伝えたかったが、花言葉の本は何処にも売ってなかった。
ハイドに聞けば早いだろうがなんかそれじゃあカッコ悪いから嫌だった。
瞬だって男だ、好きな人にカッコつけたいのは当たり前だ。
ハイドは何処で花言葉を知ったのか知りたくなり、料理本を閉じる。
するとタイミングよく部屋のドアがノックされた。
瞬は椅子から降りて扉を開けると見知った顔があった。
「やっほー瞬様」
「…その、瞬様ってやめて下さい…リチャードさん」
金髪に腰まで長い髪を一つにまとめているイタズラっぽい笑みで片手を上げて挨拶する軍服姿の彼の名はリチャード・ヴァーン。
王直属の騎士副団長でハイドの右腕兼幼馴染み。
よく瞬を弟のように可愛がってくれて兄貴肌の青年だ。
瞬とハイドの一番の理解者と思っていいほど信頼出来る相手だ。
ただし、女性関係ではどうしようもないほどだらしない。
部屋に招くとリチャードはすぐに顔を険しくする。
「瞬様、まだこの部屋にいるの?」
「え、はい…俺の部屋ですから」
瞬様呼びはどうしても直してくれそうになかった。
瞬の今の部屋は屋根裏の少々埃っぽい部屋だった。
これでも掃除をした方だ、頑固すぎる汚れが多くて綺麗とはお世辞でも言えないが…
異世界に来てから数ヶ月用意してくれた部屋を使っていたが、瞬はもったいないほど広すぎて落ち着かず屋根裏部屋が一番居心地いいとハイドに訴えた。
最初はハイドも渋い顔をしていたが、瞬の真剣な顔に折れてくれた。
今ではとても気に入っているがハイドとリチャードはまだ気に入らないようだった。
小姑のように料理本が並ぶ棚を指で撫でて埃を払った。
「…早くハイドと同じ部屋に住みなよ」
「えっ!?ダメですよ、いくら恋人だからって」
同じ部屋という事はつまり同棲という事になる。
帝国一の英雄様とただの平民なんて考えただけでも恐れ多い。
ずっと一緒にいられるのはとても幸せな事だと思う。
でもハイドは城下町でも城内でも人気が高いから恋人関係を認めてない人もいる中で同棲なんてしたら、自分が何を言われても平気だがハイドに迷惑掛けるわけにはいかない。
瞬は慌ててリチャードに自分がいかに平民でこの部屋が似合ってるか熱弁した。
リチャードは瞬の熱弁を聞いてるのか聞いていないのか適当に相槌をうち、不敵な笑みを見せた。
「だからさぁ、早くハイドと結婚してよ瞬様」
「…けっ、こん」
ボッと頬が一気に真っ赤になってリチャードに見られないように腕で顔を隠す。
リチャードはニヤニヤしながら壁に寄りかかり瞬を見る。
この世界は自由恋愛主義で種族や同性など関係なく結婚する人達も珍しくない、だから瞬とハイドが結婚しても問題はないが…気持ちの問題だ。
…恋人同士だけどハイドは瞬と結婚したいのだろうか。
勿論瞬はハイドがいいなら喜んで一生共に行きたいと思っている。
けど、初恋相手がハイドというほどの恋愛経験がハイド以外にいない瞬は恋に臆病だった。
ハイドがしたくないなら、今のままで十分幸せだからいいと思っている。
…もし、結婚を申し込み断られたらと思うと怖かった。
「俺は、無理にしなくてもいいと思ってるんです…ハイドさんも忙しいだろうし」
「…あー、ったく…アイツが早く決めないから瞬様ネガティヴになってんじゃん」
リチャードがなにかイライラしていたが瞬は首を傾げた。
ハイドはなにか決めていてリチャードに話したのだろうか。
でもそんな話は一度も聞いていないから瞬には何の事か分からなかった。
たまにそんなリチャードに少し嫉妬したりする。
親友は何でも知ってる気がして、自分の心の狭さに嫌になる。
そしてリチャードは何を思ったのか、突然瞬を抱きしめる。
瞬はびっくりして固まるとリチャードは何処を見るでもなく遠くを見つめて叫んだ。
「お前がグズグズしてるなら俺がもらっちゃうよー」
「誰に言ってるんだ?リチャード」
リチャードの言ってる意味が分からず首を傾げていたら第三者の声が聞こえた。
透き通る美しい低音の声を聞くだけで胸が高鳴る。
瞬は扉の方に顔を向ける前にリチャードが瞬から離れていった。
…というかリチャードの肩を掴み瞬と引き剥がし胸ぐらを掴み壁に押さえつけていた。
その衝撃で隣にあった本棚の埃がリチャードに被る。
あまりの早業に呆然と見てる事しか出来なかった。
「げほっ、げほっ、意外と早かったな…軍事会議は終わったのか?」
「…あぁ、お前は副団長だよな…何故ここにいる?答えによっては許さない」
「ぐっぐびがっ、じまるぅぅ!!!」
リチャードの首を締めながらハイドは睨んでいた。
今日は軍事会議で昼には終わるとハイドから聞いていた。
待ってる間に本を読んでいたらすっかり昼の時間になってる事に気付かなかった。
一緒にお昼ごはんを食べようと約束していたから瞬の部屋に来たのだろう。
もしかして浮気を疑われたのだろうか、だったらさっきのは誤解だとハイドの服をちょんちょんと引っ張る。
ハイドはこちらを見てさっきの怖い顔なんて幻だったのかと思わせるほどの美しい笑みを向けていた。
「瞬、待っていてくれ…コイツを始末してから一緒に昼飯にしよう」
「ちょっ!!英雄様!?何言ってんの!!」
「……うるさい」
ハイドはまたリチャードを睨み緩んでいた指に力を入れて再び首を絞める。
リチャードの顔が青くなってしまい、このままじゃ本当に死んでしまうと思いハイドの手を包み込んだ。
すると、あっさりリチャードを掴む手を離し解放した。
ハイドとリチャードのコレはいつもの事だがハイドが自分を見てくれた事に嬉しくなり手を握り合う。
ハイドの手が少し冷たくてギュッと握り暖める。
お昼ごはんを食べた後も仕事が残ってるから頑張れるように手をマッサージする。
ハイドも瞬の手を包み込み手のひらに口付けた。
リチャードはズルズルと床に座り咳き込んでいた。
「リチャードさんは悪くないよ、俺がこの部屋にいるのを心配してくれただけだから」
「いい部屋なのに」と最後に言うとハイドは苦笑いしていた。
二人のイチャイチャを間近で見せつけられたリチャードは冗談で瞬に抱きつくものじゃないなと首を押さえながら思った。
ハイドは自分でもほとんど無自覚なほど嫉妬深い。
リチャードの行動もそうだが、誰かと瞬が二人っきりになってるだけで噂を聞き飛んでくる。
昔を知るリチャードは『愛ってすげぇ』という感想しか出なかった。
ハイドはリチャードを見てまだ疑り深いのか念押しで睨む。
「…リチャード、今度やったら」
「はいはいごめんなさい!二人でごゆっくり!」
恋人のいないリチャードにとって嫌味にしか見えないのか大股で歩き部屋を出てしまった。
女好きだが、特定の相手を作らないリチャードはもしかしたらもう既に心に決めた人がいるのかもしれない。
でもその相手に想いを伝えられず目の前でイチャイチャを見せつけられて意地悪をしたくなったのだろう。
だけどそんなリチャードも瞬達を必死に結婚させようと思ってる気持ちに二人は気付いている。
しかしお互い思ってる事が一緒なのに上手く伝えられずじれったいからリチャードじゃなくても早くくっ付けようと思うだろう。
リチャードもお茶に誘ってはどうだろうかとハイドを見上げた。
「んっ、んぅ…」
「…っは」
突然ハイドの美しい顔が近付いたと思ったら息が出来ないほどの口付けをする。
とろけるようなキスで立ってられずハイドにもたれかかると優しく抱きしめてくれた。
ハイドから与えられる全てが愛おしいと思っている瞬だが、一番好きなのは口付けだった。
ハイドもそれが分かっているのか、身体を重ねる時に瞬の身体にキスの雨を降らせる。
くすぐったいと微笑む瞬がいつもに増して愛しかった。
ハイドに優しく頬を包まれて今度は優しいキスをした。
首筋に顔を埋めてチュッチュッと音を立てて吸われた。
それがくすぐったくて笑うとヌルっとした感触がしてピクッと感じた。
「…ハイド、さん」
「もう少し待ってくれ、もう少ししたらお前を…」
ハイドの言ってる意味が分からなかったが頭を撫でられて頷いた。
もう少ししたら、意味も分かるだろうと考えた。
瞬はハイドの首に腕を回して身体を密着させて抱きしめた。
…大好きで大切な貴方との生活、それが壊れるなんてこの時の瞬とハイドは知らなかった。
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