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第23話
※イノリ視点
カーニバルまで後一週間となり、街は準備で忙しかった。
俺も主催者に申し込み参加を許可され恋人達に相応しいようなバレンタイン風のお菓子を作っている。
…俺の恋は結ばれないが、一人でも多くの人が結ばれますように…と想いを込める。
そういえば数日前からシヴァくんが店に来なくなった。
シヴァくんにも好きな人がいるだろうからそちらに行ったのだろうと思い、いつも通りショコラ・フロマージュを開店させた。
そして現在、開店から約3時間が経過していた。
店には数人のお客さんとテーブルに顔を伏せてずっと唸っている人がいる。
お客さんが怖がって急いで買い物をして店を出る。
30分もそうしてるとなると、さすがに心配になる。
店に入った時も元気がなかったがお腹が痛いのだろうかとテーブルに近付く。
「あの、お客さん大丈夫ですか?何処か具合でも…」
「んー、ん?あー」
なんか言葉になっていないが伏せていた顔を上げた。
糸目の少年がいてやはり少し顔色が悪いように思える。
もしかして俺のケーキにアレルギーかなにかがあったのだろうか。
とりあえず俺が病院を進めると何故か突然泣き出してしまった。
どうしたらいいのかあたふたしていたが店には誰もいないし、俺は医者じゃないからどうする事も出来ない。
とりあえず病院!と急いで店を出ようとしたら俺の手を両手で握られた。
「お兄さんいい人だぁー!!さっきまで塩対応されてたから暖かい言葉に涙が…うぅっ」
「ご、ごめんなさい!なにかあったんですか?」
何だか分からず謝ると少年が涙を袖で拭き、泣き止んだ。
それにホッとして落ち着いてもらおうと飲みたい人に無料で出してるお菓子に合うお茶を少年に出す。
どうやら病気ではなかったみたいでホッとする。
一緒に試食用のお茶菓子をテーブルに置いてお客さんもいないから話を聞こうと思った。
この店は甘いもの苦手なお客さんも来るから甘いもの好きか分からなかったが、袋を開けて食べてくれたから苦手ではないようでホッとする。
お茶菓子のクッキーを飲み込みやっと落ち着いたみたいで口を開いた。
「俺、イズレイン士官学校に今年入ったばかりなんです」
「じゃあその服は制服?」
見慣れないモノクロの色のブレザーを着ていて不思議に思っていたが、士官学校の制服だと聞きそういえば何人かのお客さんにも同じ制服を着ている人がいた事を思い出す。
城のちょっと奥にある場所に大きな建物があるからあれが士官学校だろうか。
噂ではイズレイン帝国の騎士はほとんどが卒業生だと聞く。
ハイドさんも通ったのだろうかと制服姿のハイドさんを想像して微笑む。
そんな俺とは間逆で少年はどんどん落ち込んでいく。
お茶を一気飲みしていた、熱くないのだろうか。
「っぷはー!入学初日で目を惹く超美人がいて、仲良くなりたいとずっと頑張ってきたんですよ」
必死に話す少年、そこで俺もなんとなく分かった。
彼はその子に惚れたのだと、そしてこれはもしや恋の相談なのではないかと…
恋ばなは初めての経験でなんか緊張してしまう。
…好きな人にフラれてしまったのに偉そうになにか言っていいものか悩むがとりあえず今は聞く事しか出来ない。
俺のようにならず、少年の恋が上手くいけばいいなと心の中で思う。
そんな事考えてるとは勿論知らない少年は続ける。
「ずーっと無視されてたけど、ついにやっと話す事が出来たんですよ!」
「おめでとう!」
感情がだんだん高ぶる少年につられて俺も拍手を送る。
恋も努力すれば報われる、俺もよく分かっていた。
俺は一度でもハイドさんに無視されたらきっと寝込んでしまう。
ハイドさんを幸せにするなら他人との恋でも応援する努力はするつもりだ。
現在進行形で恋にとても努力した少年を尊敬してしまう。
少年は興奮していたが、また一気に沈んでいた。
「それで、勝負を持ち込まれたんですよ…俺が勝ったらカーニバル一緒に行ってくれるって、向こうが勝ったら二度と近付かないって」
そこまで話されて俺は大変な事に気付いてしまった。
…あれ?無視から話しかけられたからなにかあったのかと思ったが全然進展してない。
むしろそれは彼を遠ざけるための勝負ではないのか?
傷付く彼に言えるはずもなく、ただ聞いていた。
でももしかしたらイブのような照れ屋なだけなのかもしれない。
話しかけられた事は事実だし、努力は報われると信じたい!
「勝負は向こうの得意な剣術で、真剣はさすがに怪我するから竹刀で…やって…つい少し本気だしちゃって、ロイスに竹刀を振り上げて…好きな奴を殴るとか絶対ダメだって思って…………腕をそっと下ろしちゃったんです」
少年はロイスという人が好きで傷付けたくないと思っている。
好きなら傷付けるんじゃなくて守りたいと思うのは当然の事だ。
俺だって力はないがハイドさんが傷付けられる事があったら相手を許さない。
少年は話からして殴る寸前で止めたように思えた。
でも、なにかあったのか自分の右手を開いたり握ったりしている。
そしてまた顔をテーブルに伏せた。
「俺が手を抜いたってあれからロイスの視線が冷めてて…二度と近付かないって約束があるからロイスの側にいけないし」
「……そうなんだ、大変だったね」
「うぅ…お兄さん!協力して下さい!」
少年が突然抱きついてきたからびっくりしたが、静かに泣く少年を慰めるように頭を撫でた。
俺がなにか出来るか分からないが、あまりにも必死な少年に自分に出来るなら協力したいと思っている。
俺より年下だが俺より恋に一生懸命で、年齢の数だけ困難があるがきっと彼なら大丈夫なんじゃないかと初めて会ったのにそう思えた。
でも協力とはいったい何をすればいいのだろうか。
ロイスって子は知らないし一般人が士官学校に入れないしで首を傾げていた。
落ち着いた少年は椅子に座り直して考え込んだ。
「話すきっかけがあればいいんだけど………あ、そうだ!」
なにかないか少年はキョロキョロ周りを見て突然立ち上がった。
なにかを見つけたみたいだが俺には見当もつかなかった。
少年を見守っていたら少年はケーキが並ぶショーケースの前に足を止めて何かを探している。
ショーケースには色鮮やかなケーキや焼き菓子などが並んでいた。
もしかして彼の想い人は甘いものが好きなのだろうか。
そしてカップケーキを一通り眺めて指差して俺を見た。
「このカップケーキ、甘くないの?」
「あ、うん…そのカップケーキはビターなお菓子で甘いのが苦手な人用に作ったんだよ」
どうやらロイスって子はビターなお菓子が好きなようだ。
ハイドさんに作ったショコラ・フロマージュじゃないけど、甘いのが苦手な人に好評だったビターショコラのカップケーキが並んでいた。
少年は「これを下さい!」と言ったからショーケースからカップケーキを取り出す。
恋を結んでくれたらいいなと思いプレゼント用の青いリボンで包む。
やっと元気を取り戻したようで少年はカップケーキが二つ入った箱を受け取る。
落ち込んでた人が自分の手作りお菓子で元気になるのはやはり嬉しい。
「ロイス、甘くないお菓子が好きでよく一人でこっそり食べてるのを何度も見かけて…話のきっかけになればいいな…って」
「そっか、頑張ってね」
「それとカーニバルの日、お兄さんに協力してほしいんだ」
「俺に出来る事?」
少年は真剣な顔をして力強く頷いた、誰かの役に立てるならと俺も頷いた。
何だか少年の健気さがハイドさんに片思いしていた頃の自分に似ていた気がして応援したくなった。
こうしてカーニバルの日、少年の作戦に乗る事を約束した。
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