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第22話
※視点なし
イズレイン帝国には大きな士官学校が存在する。
将来国を背負う騎士を育成するために16~20歳までの生徒が在校している。
その中でも人一倍惹きつけられる生徒が存在していた。
鮮やかなコバルトブルーの髪を短くし、切れ長な瞳の美男子。
士官学校で剣術も学問も首席の完璧すぎる生徒。
兄を一番に尊敬して正直兄以外と話すのが苦手な口下手な少年。
そんな人見知り以外欠点がない彼には、今とても深刻な悩みがあった。
「あっ、いたいた!ロイス!」
もうすぐテストだから静かな士官学校の中庭のベンチで勉強していると、誰かが声を掛けて走ってくる。
またか、とロイスと呼ばれた少年はこっそりとため息を吐いた。
いくら無視しても着いてくる男に最初は不快でしかなかったが、半年も経つと諦めている。
ほっとけばいつもの奴らみたいにいなくなるだろう。
ロイスはいつものように無視してペンを走らせている、何の許可もなく隣に男が座る。
男二人で狭い二人用のベンチに並んでいる、とても暑苦しい。
「勉強してんの?天才の裏にこんな努力が」
涙ぐむ声が聞こえて、あからさまに避けるように顔を逸らす。
黒髪で糸目ののんびりやの男はロイスのノートを覗き込もうとしたからノートを閉じて勉強道具を片付ける。
…普通あからさまに避けられたらいくら顔がよくても離れていくだろう。
ロイスの士官学校入学時も、最初は見た目や家柄で寄ってきてちやほやしていたがロイスの冷めた性格にすぐに離れていった…約一名除き。
この男はただの暇つぶしでロイスに構うのだろうと思うがポーカーフェイスが狂ってしまうのが死ぬほど嫌だ。
側に来られると激しく腹立たしくて自然と眉を寄せる。
「ロイス食堂か?じゃあ俺も行こう」
ベンチから立ち上がり歩き出すとあの男も着いてくる。
ロイスは食堂に行くつもりだが、一緒に来ている男の手には弁当が袋に入っていた。
一緒にいても自分のご飯が食べ終わるとすぐに一人で帰るような男と昼飯を食べたいと思うのか?
ロイスは理解出来ない、一生理解なんかしたくないと思った。
今までいろんな奴を見てきたがここまでの奴は始初めてだった。
…それほどまでにどうしようもないバカだという事だ。
ーーー
「ロイス、カーニバルって知ってる?」
「………」
一方的に会話をする男に相づちもせず、黙々とカツを食べる。
食堂にいる人達の視線が嫌で早く食べようと口を動かすのを男はジッと見てニコニコ笑っていた。
人の食事シーンのなにが面白いんだか…物凄く、気持ち悪い。
しかも持参した弁当は蓋を開けても手は付けていない。
自分は食べもせず他人の食事を眺める、食堂に何しに来たのかと眉を寄せる。
…飯が不味くなったが、食べなきゃ体力がもたない。
「そうやって口いっぱいに頬張るとリスみたいで可愛い…」
それ以上言うなとギロッと男を睨んでもまるで効果がない。
むしろ反応してくれたと目を輝かせて頬を赤く染める。
どうしたら離れてくれるんだ…マジで勘弁してほしい。
切れ長の目にたまに普通にしてても怒ってると思われるほど目つきが悪いのに可愛いわけないし、男が可愛いと言われて喜ぶわけない。
身体も鍛えているから着痩せしているが、筋肉もちゃんとある。
男は神経が図太いだけじゃなく目も悪いのか、救いようがない。
「それで、カーニバルは恋人達の祭で…告白スポットもいっぱいあるんだよ」
ロイスにとって一番無縁な祭りだなと思いながら最後のご飯を飲み込む。
ロイスは祭りやイベントなんかには参加した事がない。
…理由は簡単、そんな無意味な祭りはつまらないから…
そんな事より身体を鍛えた方が将来騎士として役に立つ。
いつも祭りで浮かれてる奴らを冷めた目で見ていた。
男が何を言いたいのか期待の眼差しを向けてれば嫌でも分かる。
「それで俺もロイスと…ってあれ?」
男がもごもごなんか言ってるがロイスは気にせず立ち上がり、食器を持ち歩き出した。
男は慌てて弁当を片付けてロイスに着いて行く。
まだ一口も食べてないくせに、自分に気にせず食えばいいのにと呆れる。
食堂を出て食後の運動がしたいと稽古場に向かう。
隣で男がカーニバルの素晴らしさを熱弁していたが、ロイスは素振りの事で頭がいっぱいだった。
稽古場に着くと何人か竹刀を交えて戦っていた。
この竹刀が戦場では真剣になり、国を守るための凶器となる。
ロイスは早く兄のように戦場で戦い国を守りたいと思っている。
動きやすい服装に着替えようと更衣室に向かうと後ろから男が着いてくる。
…さすがに着替えを覗かれるのは嫌だからロイスは後ろを振り返った。
「スカーレット、稽古をしないなら帰れ」
「ん~?俺もやるよ?」
スカーレットと呼ばれた男は当然と言った顔をしている。
名前は嫌というほど自己アピールしてきたから嫌でも覚えた。
ロイスは今日1日この男のせいで疲れてしまっていた。
スカーレットの得意武器は銃で、射撃場が練習場の筈。
ロイスは剣だから竹刀を交える稽古場が練習場となる。
スカーレットは竹刀を握った事がないくせにとイライラした。
そしてふといい事を思いついて変化があまりないくらい微妙に笑った。
スカーレットが納得して付きまとわなくなる方法を…
「スカーレット、俺と勝負するか?」
「お?珍しくロイスが構ってくれてる」
スカーレットは何を勘違いしてるのか嬉しそうな顔をしている。
ロイスはスカーレットにとある交換条件を出した。
自分が勝てば二度と近付かない、スカーレットが勝てば何でも言う事を聞く。
自分にとってもスカーレットにとっても悪くない条件だった。
スカーレットはわくわくした顔をして何度も頷いた。
自分の強さを知らないのかと分からない程度に小さく笑った。
「じゃあ俺が勝ったらカーニバル一緒に行こう!」
「……分かった」
剣術が首席のロイスは負ける筈はないが、カーニバルは友人同士で行くような祭ではない…それを他人である二人が行って果たして楽しいのか分からない…スカーレットは楽しいんだろうなとスカーレットの事を理解したくはないがそう思った。
スカーレットは特別美形ではないが中の上くらいの顔で誰にでもフレンドリーだから一緒にカーニバルに行きたい奴がいっぱいいるだろうに…
ロイスは動きやすい服に着替えるために更衣室に行き、スカーレットも着いてくるから「順番ずつだ」と押し返した。
お互いTシャツにラフなズボンを着て、竹刀を重ね向き合った。
剣術首席と射撃首席の二人が戦うとなり、ギャラリーが集まってきた。
ロイスは注目されるのが苦手で眉間に皺を寄せるが、スカーレットは目立ちたがり屋でギャラリーに手を振る。
「そんな怖い顔しないの、リラックスリラックス」
「…うるさい」
余裕そうなスカーレットにギュッと竹刀を握り直す。
審判はさっきまで稽古していた先輩に頼んである。
そのヘラヘラした顔、すぐに敗北で歪ませてやる。
開始の合図の手を上げて足を踏み出し一気にスカーレットとの距離を詰める。
一瞬で勝負が決まるかと思ったら脇を狙った竹刀は止められた。
バシンッと竹刀がぶつかる激しい乾いた音が響いた。
「重っ!やっぱロイスは強いなぁ~」
ヘラヘラと笑うスカーレットに歯を噛み締めて打ち合いが始まる。
なかなかスカーレットに攻撃が決まらず、スカーレットもロイスに攻撃を仕掛けず守りに集中している。
長期戦になると周りも熱を帯びた視線になり、空気も変わっていく。
そしてロイスが空気に呑まれてしまい冷静な普段ならやらない隙を見せてしまいスカーレットに一気に距離を詰められる。
まさか、自分がこんな奴に負けるなんて…ロイスにとって稽古でも本当の戦場同様だと思ってるから死を意味する。
バシンと竹刀の乾いた音が静まった稽古場に響く。
床には尻餅をつくロイスに肩を押さえるスカーレット。
ギャラリーも一瞬なにが起きたか分からなかった。
やがてスカーレットは明るく笑いながら言った。
「いやぁー、さすがは剣術首席様だ…負けちゃった」
その言葉で最後の最後でロイスが振り上げた竹刀がスカーレットの肩に当たった事に気付きギャラリーが湧いた。
唯一その場でロイスだけが絶望した顔をしていた。
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