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「やっほーツバメ!遊びにきたよ〜」
「……エリス」
初めて奴がここに来た日。
それから毎日こうやって此処に来る。
召使いもいない静かな建物だったのに、今じゃエリスの声が響きまくる日々だ。
「お前この時間は勉強なんじゃねぇの」
「つまんないから抜けて来た。ツバメといる方が楽しいし」
「そーかよ」
俺は未だにこいつのことが分からない。
というか、こんな自己中心的な考え方をする奴の理解ができない。
本当に同じ人間か? いや絶対違うだろ、別種だ別種。
〝俺のことが好きだから、俺から皇帝を離し自分のものにした〟
この一文を理解できる奴が世界中の何処にいるってんだ、ったく……
「ねぇねぇ、今日はなにしてるのっ?」
「羽織り作ってる。最近肌寒くなってきたしな」
「え、手作り!? 凄いね、城の人に頼んで貰えばいいのに」
「この国のは薄くて寒いんだよ。
俺の出身国は暖かかったから、そんなんじゃ耐えられない」
「あぁそっか。これも民芸品?」
「そう。これに独特のやり方で模様とかを編み込んでいくんだ」
「へぇー!」
ガコガコと椅子を俺のとこまで引きずってきて、隣に座る。
それから、じぃ…っと俺の手先を観察してきた。
その目は本当にキラキラしていて、初めてのものを興味深そうに見つめていて。
(こういうとこ、なんだよなぁ)
俺は、どうしてもこいつをここから追い出せないでいる。
生まれてからずっと周りを人に囲まれ、その知恵を愛されてきた。そんな生き方をしてきたから、此処へ来てからずっと1人ということが寂しかった。
(大体、俺はいつまで此処にいなきゃいけないんだ?)
離れに来てもう1ヶ月が過ぎようとしている。
待機期間としても長すぎないか? 用済みならさっさと国に返してくんないかな。
俺の利用価値を模索してる段階? それとも何か別の企みをしてる?
「……」
「ん、なに? 僕の顔に何か付いてる?」
1番いいのは、こいつに探りをいれること。
今皇帝と最も近い距離にいるんだ、使わない手はない。
(でも、肝心のこいつは自分のことしか考えてない)
「あ、わかった!ツバメもやっと僕のこと好きになってくれたとか!?」
(と、俺)
まーじで何者だこいつは。
なんでこんなに俺のことが好きなんだ?
毎日毎日ツバメツバメって俺の名前ばっか呼びやがって……
……けど時々、その響きに懐かしさを感じることがある。
昔この声に名を呼ばれたことがあるような、そんな感覚。
そういえば、こいつは『ずっと前から俺のことが好きだった』と言っていた。
(〝ずっと前〟って、いつだ……?)
どれくらい前? 俺はお前と会ったことがある??
思い返してみれば、なんとなくその珍しい目の色も知ってる気がするような……
俺が覚えてないってことは、恐らく物心ついた頃くらいか、学校入る前くらいの頃かーー
「ツバメ、模様はみ出ちゃってるけといいの?」
「え」
ハッと手元を見ると、円の中から刺繍が出てしまっている。
「あはは、ツバメでも間違うんだねっ」
「っせぇな、今のはお前の所為だ」
「えぇ!僕何もしてなくない? それ責任転換って言うんだよ、僕知ってる」
「あーはいはいそうですかー」
「ちょっとツバメー?」
(というか、こいつまじで此処にいていいのか?)
普通に考えて皇帝の〝元〟婚約者の居るところだぞ。
そこに通ってるとか、城の人たちからの評判も下がるだろうし自分の立場も危うくなるんじゃねぇの?
……大丈夫、なのかよ。
(いやいや、俺が心配してどうすんだ)
俺は関係ないし、こいつの現実はこいつ自身でどうにかすんだろう。
俺は俺の置かれた現実をどうにかするだけだ。
(あれ? けど俺も結構やばくね?)
〝エリスが通ってる=俺と何かしてる〟
俺の立場も駄目じゃん!何だそれ巻き込まれ事故か!?
この自己中に付き合ってたらまじで近々首が飛ぶかも……
父さんや母さんたちはちゃんと俺の死体拾ってくれるかな。気持ち悪いって言わないかな。
「っ、はぁぁ……」
「? どうしたの?」
「……いや」
けど、現状俺のことをこうやって気にかけてくれる奴はこいつだけで。
どうしても切ることができずに今日も俺はエリスが「帰る」っていうまで此処に居させてしまって、明日も元気に訪ねてくるのを無愛想に受け入れてしまうんだ。
自分の感情よりも現実を優先し目を向けて来た。
今も、俺はそうしたくて堪らない。
なのに、それができないでいる自分が分からなくて
そんな自分に、なんだか無性に悲しくなって
キュッと唇を噛みながら、間違えた刺繍を解く手を早めた。
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