「……お医者さん！？」 　そう言って、雄介は俺の方へと視線を向けてくる。 　今の俺の位置は、雄介を説得するために、雄介が座っているベッドよりも低い場所にいるのだから、雄介からは下向きに視線を移したということだろう。 「あ、ああ……まぁな……」 　とりあえず俺は美里に言われた通りに返事をする。 「何で、俺はここにいるんですか？　今いる場所さえも分からないんですが……」 　その雄介からの質問に、俺は冷静に『ああ、そうだろうな……』と思うのだ。 　医者として、記憶喪失の患者を多く見てきているから、俺の反応はわりと冷静な方なのかもしれない。 　だけど表面では冷静でいられるものの、心の中は既にグチャグチャな状態だ。本当のところ、今の俺は今の雄介にどう対応すればいいのか分からない状態なのだ。 　心の中では、雄介が記憶を失ってしまったことに泣き叫びたい気持ちがあるが、表向きには冷静に対応しなければならない。今の雄介の状態を冷静に判断する必要があるからだ。 　それに、今は美里も美潮もいる状態なので、余計に自分を保たなければならないのだ。 「とりあえず、俺は……」 　そう言って俺はその場で立ち上がる。 「医者ではあるんだけどな。雄介だって、本当は小児科医なんだよ」 　今まで座っていた俺は立ち上がると、少し体を伸ばす。 「ゆうすけ……それが、私の名前なんでしょうか？」 　そう呟きながら、雄介は自分の両手を眺めていた。 「そう！　それがお前の名前だ……正確には、桜井雄介っていう名前なんだからな」 「さくらい、ゆうすけ……」 「……で、今ここにいる女性が、お前のお姉さんで、桜井美里さんって言うんだ……」 　俺は雄介に美里を紹介する。今更身内の紹介なんて変だとは思うけれど、記憶のない雄介にとっては当たり前のことだろう。 「そうそう……今、望さんに紹介してもらったけど、私は雄ちゃんのお姉さんなのよ……」 　美里は今の雄介の状態を理解しているからこそ、真剣に、自分のことを雄介に紹介するのだった。 　しかし、美里のメンタルの強さには脱帽しそうだ。冷静で、焦りさえ感じさせない。 「さくらい、みさと……が、私のお姉さん？」 「そうなんだよ……」 　俺が返事をすると、今度は雄介が俺に質問をしてくる。 「じゃあ、ここにいるお医者さんは望さんで、そこにいる女性は私のお姉さん、桜井美里さんで合っていますか？　じゃあ、私は今すでに病院に連れて来られているってことでしょうか？」 　その雄介からの質問に、俺と美里は視線を合わせるのだった。