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第1話 主の元へ
(よぉ、がんばったなぁ)
痛くて寒くてだるくて、どうしようもなくて、ああこれはもう駄目かなって思っていた時のことだった。
真っ白の視界の中で、ゆらりと影が揺れる。
体全部が包み込むように持ち上げられて、どこかへ攫われようとしてる。
(なあ、お前)
(吾のひざ元いうてもただの公園やのに、あないなとこで、よぅ二十年以上がんばったな)
(もうええのやで)
(吾の庭に迎え入れてやる故に、そこでゆっくり過ごしたらええ)
(飢えも乾きも、暑さも寒さも、身の危険も何もないとこや)
その存在が何なのかはわからないけど、自分より強くて偉いってことはわかった。
わしを保護して慈しんでくれる存在。
ああ、そうだ。
きっとこれが神とか主とか、そういう存在。
今まで野良として生きてきたけど、そういう存在やったらしょうがないなって思う。
わしを手に入れようとしたニンゲンもいたけど、わしはここで生きてたかった。
傍に居てやりたいニンゲンもいたけれど、わしはただの猫にすぎひんから、ニンゲンはニンゲンといた方がいい、そう思って諦めた。
(神なあ……そんなええもんやない、ただ長く生きただけの妖やけど、そやな、お前の主にはなってやれるやろ)
(お前には吾の力を分けてやる)
(さて、ほな行こか)
くすくすと笑って主はわしをそろっと運ぶ。
あのニンゲンはわしを探すかな。
せめて最後に一目会いたかったな。
目から水を流しているくせに、わしには餌を食べさせてくれて、恐る恐る手を伸ばしてこしょこしょと耳の下をくすぐってくれた。
たまには膝に乗ってやったら良かったな。
わしの兄弟が乗っかってやったら、とても喜んでいた。
けど、わしはできんかった。
何の揺れも振動もなく、するすると主は進む。
白い中を進んで行く。
進むにつれてさっきまで白くて寒くて冷たかった四肢が、温くぅなってうずうずしてくる。
(まだやで、まだ庭の外やし、自分で走り回るのんは無理や)
(もうちっとかかるさかい、お前、目ぇ閉じて寝とき)
主の声に従って目を閉じて、次に目を開けた時、わしは人の姿をしていた。
こうしてわしは生まれてから二十年を超えて、ただの猫から猫又になったのだ。
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