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第1章 7
未だ火照った体と、やかましく動き続ける心臓の鼓動が鬱陶しい。ぬるいシャワーを浴びながら、萎びた下半身を見てため息をついた。壱星はどうしてあんなことを言ったんだろう。もしかして、勘付いていたんじゃないだろうか。
……さっき俺が、壱星の中で射精をしながら別人の――今日見かけた幼馴染、蒼空の顔を思い出していたことを。
壱星はもう吹っ切れたと言っていたが、俺は反対だ。もうずっと前に諦めたはずの蒼空への気持ちが、抱いてはいけないはずの蒼空への欲望が、心の奥底からじりじりと這い上がってくるようで気持ち悪い。
蒼空に対するこの感情を自覚したのは、それが決して叶わないものだと知るのと同時だった。
忘れもしないあの日、高3の1学期、4時間目の英語が終わって、俺は蒼空の席へ弁当食いに行こうとしてたんだ。あいつに自慢するため、返却されたばかりの期末試験の答案用紙を持って。でも、蒼空の席には染谷茜 がいて……。2人を見つめる俺に対して、その場を通りかかった吉野が言った。「あいつら付き合ってるらしいな」って。
蒼空からそのことを報告されたのは、その日の放課後、塾に向かう電車の中だった。すげぇ真剣な顔で、すげぇ言いにくそうに、やけに低い声で、「俺、染谷さんに告られたんだ」って。俺がもう知ってるって言ったら、あいつは頭抱えて崩れ落ちてたっけ。その様子がなんか面白かったから、その後も散々そのことでからかったな。
それは、失恋と呼べるほど美しいものではなかった。ただ、いつの間にか自分が蒼空にとっての一番であると思い込んでいた俺は、それが独りよがりな勘違いであると気が付いて内心ショックを受けていた。あいつが染谷さんに向けていた、はにかんだような笑顔が忘れられない。俺が見たことのない表情が他にもあると知って辛かった。
大学受験に落ちたあいつに「女に現抜かしてるから失敗したんだろ」なんて言葉を吐いたのもそのせいだ。
あんなことを言ってしまったのは、蒼空が俺と同じ大学に行くことよりも、染谷さんとの時間を優先したように思ってしまったから。ずっと染谷さんに嫉妬していたから。
人生で一番大切な時に、あいつが一番辛い時に、俺は劣情から生まれた醜い感情をぶつけてしまった。
それなのに、今さらこんな風にあいつを思い出すなんて。それも、壱星を抱きながら。
シャワーのお湯に紛れて、自然と溢れてきた涙が頬を伝う。間違っても壱星に聞かれてしまわないよう、どうにか声を押し殺して泣く。
最低だ。蒼空に対しても、壱星に対しても、俺は……。
◇◇◇
俺が風呂からあがると、壱星は布団に入って機嫌よさそうにスマホを見ていた。
「壱星、シャワー浴びないの?」
「んー、すぐ行く。……ねぇ、智暁君。これ綺麗だと思わない?桜はもう散っちゃったかも知れないけど、今週末まではやってるみたいだし行ってみたいな」
そう言って壱星に見せられたのは、県内の城でやっているプロジェクションマッピングに関する紹介記事だった。桜と城と映像と音楽のコラボがどうのこうのと書いてある。
「あー……人多そうなイベントだな」
「智暁君、人混み嫌いだっけ?」
「いや、別に。でもさ、わざわざ見に行くほどかな。そういうのって子供だましっていうか」
俺の言葉に壱星は一瞬何かを言いたそうに口を尖らせたが、すぐに困ったように笑った。
「そっか、そうかもね……。じゃ、俺もシャワー行ってこよ」
壱星は悲しそうにそう言うと浴室の方へ歩き出した。
こいつはファッションとか絵とか、なんかそういう華やかな物が好きだ。部屋はろくに片付けないくせに、服やら装飾品やらをよく買っている。俺も別に嫌いじゃないけど、わざわざ金や時間をそれに費やしたいとは思わない。
俺と壱星はやっぱり趣味が合わない。俺が勧めたスマホゲームも、壱星はすぐにやらなくなってしまった。それどころか、俺がゲームのせいでメッセージを返さないからそれを目の敵にしている。
どうしてこいつは俺のことなんかが好きなんだろう。
もしも、これが蒼空だったら……。そんなくだらない考えが頭に浮かんだその時、床の上にさっきクシャクシャに丸めた重森真宙の公約が落ちているのを見つけた。
大切な物のはずだったのに、こんな風に放っておくなんて。壱星は本当に気持ちを断ち切ったんだろうか。
……俺のために?
俺は公約の紙を拾い上げると丁寧に広げ、手のひらでその皺を伸ばして机の上に置いておいた。
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