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第1章 10
「ゴチになりますっ」
蒼空は満面の笑みで手を合わせてから、スプーンを取った。カツカレーはどこにでもあるけど、エビフライの載ったカレーはこの食堂にしかなく、俺のオススメだ。時間は早いけど俺も昼飯として同じものを注文した。
「なぁ、蒼空……なんつーか……あ、大学もう慣れた?」
本当は知りたいこと、聞きたいことが山ほどあった。だって、丸々1年間以上も話さないなんてこと、今まで一度もなかったから。でも、迷いに迷って出てきたのは、親戚のおばさんみたいなセリフ。
「んー、まぁ、ボチボチ。学科の皆もいい奴ばっかでさ、今んとこ順調よ。あ、サークルはまだ迷ってんだよね。智暁は何か入ってる?」
「入ってるけど……もう行ってないな。春休みの合宿も行かなかったし」
「そんなもん?ちなみにどこ?」
俺は蒼空に自分が所属しているテニスサークルのことや、その他いくつか知っているサークルのことを教えてやった。新生活に浮かれているのか、蒼空は終始楽しそうにその話を聞いている。
「まぁ、今挙げたようなとこはインカレだから女子大の子も多くて、結構ドロドロすることもあんだよね。俺もそれが怠くて行かなくなっちゃった。仲良い奴とは今でも飯行ったりしてるし、入って損はなかったけど」
そう言った途端、蒼空の目が何かを閃いたように鋭く光った気がする。
「つまり、智暁も女子との出会い目的だったってことか」
「はぁ?今の聞いてた?俺はそれがめんどくて……」
「でも最初はそれ目的で入ったんだろ?で、彼女ができたから行かなくなったと。たしかに智暁すげぇ垢抜けたよな~。高校の時はガリ勉ですが何かって感じだったのに、そんなオシャレしちゃって」
うんうんと頷きながら蒼空は一人で何かに納得している。彼女なんて、そう否定しようとしたが、ふと壱星のことが浮かんでしまい、俺は話を逸らそうとした。
「好きに言ってろ。俺は蒼空と違って恋愛とか――」
あ、しまった。そう思った時にはもう遅かった。合格発表の掲示板を見て立ち尽くす蒼空に言い放った言葉が蘇り、冷汗が背中を伝う。
――女に現抜かしてるから失敗したんだろ。
しかし、蒼空はそんな心の内を全て察しているような表情で俺の目をじっと見つめた後、微笑みながら口を開く。
「別れたよ、茜とは」
蒼空の視線が余りにも穏やかで、優しくて、俺は思わず言葉を失った。去年ぶつけた暴言を俺が未だに気にしているとわかっているんだろう。
「卒業してすぐ別れたんだ。ほんと、ちょうど去年の今くらいかな」
そう言うと蒼空は可笑しそうに笑った。一体、何が面白いって言うんだろう。いや、そんなことよりも、あの時のことを謝るなら今しかないんじゃないだろうか。そう思うのに、謝罪の言葉は胸につかえたまま、喉元にさえも出てこない。
「目が覚めたんだ。智暁にああ言われて」
俺が言葉を探していると、蒼空は相変わらず優しい顔でそう言った。
「俺、絶対今年はここ受かりたかったからさ……。それで、智暁の言葉に背中押された感じ。まぁ、理由はそれだけじゃないけどね」
心臓がバクバクと脈打ち、息が詰まるような気がしていた。もしも俺があんなことを言っていなければ、蒼空は今でも染谷さんと上手くいっていたんじゃないだろうか。
「だから感謝してるよ、智暁には」
……本当に?
蒼空がこういう時に嘘をついたり、取り繕ったりしないことを俺は知っている。だけど、それなら何で……何で今まで連絡1つ寄こさなかったんだ?合格の報告もなかったのはどうして?チューターを断ったのは?俺と同じ学部にしなかったのは?俺のこと嫌いになって、避けてるんじゃ――。
「なぁ、智暁……聞いてる?」
「……聞いてるよ。でも、俺なんか言ったっけ?何の話だか覚えてないわ」
頭の中に浮かんだ疑問と不安に押し潰されそうで、空になった皿の載ったトレーを無意味に押しやりながら、俺はそんなことを口走っていた。その途端、蒼空は「ぶはっ」と噴き出して、腹を抱えて笑い始めた。
「なんだよ、もう。お前らしいな。いつも何も覚えてないじゃん」
「……脳のリソースには限りがあるからな。取捨選択だよ」
蒼空の明るい笑い声に釣られて俺も笑ってしまう。そうしていると懐かしくて堪らなくて、さっきまでの緊張も、後悔も、全て吹き飛んでしまいそうだった。
……本当に、俺は許されたんだろうか?
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