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第2章 3
「あー、やっぱすげぇ人多かったな」
プロジェクションマッピングを見終わり、適当に入ったレストランで、俺はわざと低い声を出した。
「智暁君、疲れちゃった?ごめんね、付き合わせて」
「疲れたよー。まぁ、でも、綺麗だったし行ってよかったよ。俺こういうの初めて見たわ」
意外だけど、プロジェクションマッピングそのものは結構楽しかった。演出も音響も派手だったし、遊園地のアトラクションみたいで迫力があった。
「俺も初めて見た。地元にはこういうのなかったから」
壱星の地元はここから飛行機で2時間くらいの場所で、確か父親が地主で地方議員なんだとか。かなりの額の仕送りを貰っているっぽくて、こいつはバイトもしていないのに新築のマンションに住んでいるし、毎日のように外食している。羨ましい限りだ。
「壱星の地元ってどんなとこ?就職はどっちですんの?」
「閉鎖的なド田舎だよ。帰りたくないな。家は兄貴が継ぐだろうし」
「ふーん。友達とかもやっぱ地元出てる奴が多いの?」
実家からそう遠くない範囲内にいくつも大学があり、進学で地元を離れるという考えのなかった俺は、ふと浮かんだ疑問を投げかける。
「友達は……あんまりいなかったから。でも、うちの高校からだとこっちに出てきてる人多いよ。先生の圧もすごかったし」
「じゃあ、壱星と同じ高校の奴も結構うちの大学にいたりすんの?」
「現役で農学部だと……確か、応用生命に1人いるよ。他の学部とか浪人した人のことはよく知らない」
ふと、重森真宙の存在を思い出す。壱星は重森の進学先すら知らないと言っていたけど、本当だろうか。あそこまで思い入れの強かった相手のことなのに何も知らないなんて信じがたい。
「生徒会の人は?先輩とかで誰かいないの?うちじゃなくても、この辺の大学来てる奴とか」
そう尋ねると壱星の表情があからさまに曇り、質問の意図を察されたようだった。遠回しに何かを尋ねるのは俺の苦手なことの1つだ。
「智暁君、どうしてそんなこと聞くの?」
「それは……その、生徒会の人のことなら知ってるかと思って。仲良かったのかなって」
「別に誰とも仲良くなかったよ。親に言われて入ってただけだし」
「でも……」
「ねぇ、智暁君。俺が好きなのは智暁君だけだよ。まだ信じてくれてないの?」
壱星の大きくて黒い瞳が潤み、さすがの俺も何も言えなくなってしまう。
「……ごめん、壱星。信じてるよ。ごめんな」
壱星は何度か首を横に振ると、顔を窓の方に向けて黙ってしまった。
◇◇◇
食事を終え、壱星の家へ着く頃には気まずい空気も消えていた。
ベッドに押し倒した壱星の鎖骨の辺りに浮かぶのは、俺の残した独占欲の証。
「ここの痕、まだ残ってんだな」
「……うん。そんな数日じゃ消えないと思う」
「何でそんなこと知ってんの?」
今まで誰かに付けられたことのあるような口振りに、苛立ちと欲望が掻き立てられる。
「智暁君、違う。そんなつもりで言ったんじゃ……」
「からかっただけだよ。馬鹿な壱星」
本音が漏れれば取り繕って嘘を言ってしまう。本当は、壱星の過去に嫉妬してる。
「壱星が今俺のことだけ見てるなら、それでいいよ。過去なんてどうでもいい。俺のこと好きなんだろ?」
「うん。好きだよ。大好きだよ、智暁君……」
自分に言い聞かせるような俺の言葉に、壱星は望んだ答えを返してくれる。
それから俺は、胸元や脇腹、太ももなど、決して俺以外見ることのないであろう場所にたくさん痕を残していった。白い肌に散る紅い痣は、壱星が俺のものである証明であり、俺が壱星を想う気持ちの表れでもある。
俺は壱星が好きだ。俺が好きになっていいのは、壱星だけだ。だから壱星も、俺のことだけを見ていてほしい。
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