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第3章 5
バイトを終えて電車に乗り込んだ俺は、壱星から届いているメッセージに返事をする気になれず唇を噛み締めた。
あいつは嘘をついている。あの日から今までずっと。
いや、でもそれは、俺を傷つけないためなんじゃないだろうか。俺だって蒼空のことを隠している。
蒼空か……蒼空の言ってくれた「いつでも俺を頼ってよ」という言葉を思い出し、気が付けば俺は蒼空にメッセージを送ろうとしていた。「今から会えない?」って。
もう23時前なのに迷惑だよな。でも……1人じゃ耐えられない。迷いながらも送信ボタンを押すと、スマホをポケットに入れて窓ガラスに頭をもたれさせた。
◇◇◇
「智暁!例のモノ買ってきてくれた?」
以前、蒼空と話をした公園に着くと、そこで待っていてくれた蒼空が手を振りながら尋ねてきた。
「おう。これでいいの?」
頼まれていたのは、この辺じゃ駅前にしかないコンビニ限定の菓子だ。それを見ると蒼空は満足そうに笑ってくれた。
「サンキュー!わざわざコンビニ寄るの面倒でさー。これであいつの機嫌取れるわ」
蒼空にはまだ小学生の弟がいて、何やらその弟と喧嘩してしまったらしい。それで仲直りするために流行りのアニメとコラボしているこの菓子が必要なんだとか。
どこまでが本当の話かはわからない。きっと、夜中に呼び出した俺の罪悪感を少しでも軽くしようとして尤もらしい頼み事をしてきたんだと思う。
蒼空は昔からよく気が利いて、いつも俺のフォローをしてくれていた。
「あとこれもやるよ。来てくれたお礼」
この前と同じように並んでブランコに腰掛けて、蒼空の好きな野菜ジュースを渡す。
「いいね、わかってんじゃん」
またしても懐かしい蒼空の匂いがする。このまま思い出話でも始める方が楽しいだろうな……つい、そんなことを考えてしまう。だけど、俺は決めたんだ。壱星のことちゃんと大事にしようって。今日はそのために蒼空を呼び出したんだ。
「……なぁ、蒼空、重森真宙って知ってる?建築学科らしいんだけど」
「え?真宙さん?」
単刀直入に尋ねると、蒼空は中村と同じ呼び方をしながらも少し嫌そうに顔を顰めた。
「知り合いってほどじゃないけど話したことあるよ。イベサーとダンスサークル掛け持ちしてるらしくて、ラウンジにいたら熱心に勧誘された。なんか有名人らしいね」
「どんな人?」
「うーん……明るくてハキハキしてて、コミュ力最強の人気者って感じかな。でも……」
言い淀む蒼空に対して「でも?」と続きを促す。
「何か変なんだよな、あの人。外面はいいけど、裏で何やってるかわかんない。悪い噂も聞くし……とにかく俺は関わりたくないなって」
蒼空が他人に対してこういうことを言うのは珍しいことだった。それほど重森に嫌悪感を抱いているんだろう。
「何で?まさか智暁、真宙さんと何かあったの?」
俺の方を見た蒼空の口元はかろうじて笑っているが、目は真剣だ。
「それは……俺の彼女が、その、真宙さん?と会ってるかも知れなくて」
「……え、どういうこと?」
ギシっと鎖が軋み、体を乗り出した蒼空の足元から砂利の擦れる音がする。
「会ってるって何?何でそう思ったの?」
不安そうに尋ねてくる蒼空に真実を話せないのが辛い。壱星の母校が男子校であることを考えると不用意なことは言えず、俺は適当な話を考える。
「えっと……俺と付き合う前にさ、好きだったらしくて。友達に聞いたんだよ。それで、ほら、あの重森真宙だから心配になっちゃって」
「え?それだけ?」
「それだけって……あ、あと、嘘つかれてるかも。えーっと……連絡先、消してなかったんだよ。消したって言ったのに。だからっ――」
一瞬だけふわっと体が浮くような感覚があり、驚いて蒼空の方を見る。俺の座るブランコの鎖を強く引っ張られたようだ。
鎖を持つ蒼空の手が顔のすぐそばにあって、なぜか恥ずかしさが胸を締め付ける。そういえば、この間、蒼空は俺の手を握って、それから、俺のことを抱き締めて……。
「智暁」
こうして名前を呼んでくれて、俺の子供っぽいところが好きだって……。
「意外と独占欲強いんだな。でも、きっと大丈夫だよ。信じてやりなよ、その子のこと」
そう言うと蒼空は鎖から手を離し、目を細めて笑った。
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