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第3章 6
壱星のことを信じてやれと言われ、俺は複雑な気持ちだった。俺だってそうしたいけど、嘘をつかれていたのは事実だ。それに、蒼空は壱星のことを何も知らない。
「何を根拠にそんなこと……。信じられないから相談してるんじゃん」
「確かに智暁の彼女のことは知らないけど。でも、真宙さんは……たぶんそういうことしないよ」
「何で言い切れるんだよ?さっき裏で何してるかわかんないとか言ってたじゃん」
蒼空は何も答えずに小さくブランコを揺すりながら、野菜ジュースの紙パックを眺めている。
「蒼空、聞いてる?」
「聞いてるよ。聞いてるけど、なんか不思議な感じ。智暁から恋愛相談とか」
「……なんだよ。茶化すならもう何も言わない」
俺が立ち上がると、蒼空も慌てたように立ち上がって俺の肩を掴んだ。
「ごめん。違うんだよ。……その子のこと、好きなんだなと思って。一瞬羨ましくなった」
「え?羨ましいって?」
まさか、蒼空が壱星に嫉妬を――。
「そういう相手と付き合えるの、羨ましいなって」
俺の恥ずかしい考えはすぐに打ち砕かれたが、蒼空は特に何か気付く素振りも見せずに言葉を続ける。
「だから信じられるといいなと思ったんだよ。……智暁の好きになった人だろ?それならきっと大丈夫だよ」
根拠のない信頼なんて意味がない。そう思うけど、蒼空の言葉は不思議と俺を安心させた。
「それに真宙さんより智暁の方が100倍いいよ。あの人は美形だと思うけど、俺は智暁の方が人間らしくて好きだな」
「はぁ?何、人間らしいって」
「そのままだけど。智暁ってすぐムキになるし、寂しがり屋だし、可愛いじゃん」
「馬鹿にしてんだろ。そういう挑発には乗らないからな」
再び蒼空の口から聞く「好き」という言葉に動揺してしまいそっぽを向くと、蒼空は俺の肩を組んで顔を覗き込んできた。
「強がんなよ。図星だから泣いた?」
「泣くかよ。バーカ」
「智暁、子供の頃はすげぇ泣き虫だったよな。いつも俺に負かされて泣いてたし」
「……作り話?」
「何言ってんの?都合の悪いことは何でも忘れた振りするんだから。ほんと可愛いヤツ」
そう言うと蒼空は俺の頭を乱暴に撫でた。懐かしい匂いに包まれ、大きな手に髪を掻き乱されながら、蒼空の話す子供の頃のことを思い出す。
蒼空は勝負が好きで、いつも俺に何かを挑んできては負けていた。
だけど、それは小学校高学年になってからの話。それよりも以前は、確かに俺が負けることの方が多かった。
まだ俺が蒼空に敵わなかった日の光景が頭に浮かぶ。
1番上まで競争な――そうけしかけたのは俺だった。でも、チビだった俺は、あの小さなアスレチックにある坂を登り切ることができなかった。最後の最後で手が届かず泣きそうになった俺のところに長い腕が伸びてきて……引き上げてくれた蒼空は、尻もちをつきながらゲラゲラと楽しそうに笑っていた。
手助けされたことが悔しくて地団駄を踏む俺の頭を、あの時の蒼空もこうして撫でてくれた。智暁はすごいよ、頑張ったなって。そう言われるのが余計に悔しくてもっと泣いたけど、心の底では嬉しかったのを覚えている。
蒼空はいつだって俺の味方で、理解者だ。それはきっと、これからもずっと変わらない。その思いが背中を押してくれて、俺は蒼空の言葉通り、壱星のことを信じてみようと思った。
嘘をついているのには、きっと何か理由がある。
「蒼空。ありがとな」
「んー?」
「俺、彼女に話聞いてみるよ。嘘つかれたショックで無闇に責めそうになってたけど、ちゃんと信じてみる」
後ろに立つ蒼空の方に向き直ると、蒼空は真剣だった表情を一気に崩して楽しそうに笑った。
「アハハ。なんか、素直過ぎて気持ち悪いな」
「え、何だよ。悪いかよ。すぐそうやって……」
「それだけ不安なんだな。でも、ほんと偉いよ、智暁は」
蒼空はいつもと同じ優しい笑顔で、俺の肩を両手でポンポンと叩いた。
「何かあったらいつでも相談乗るよ。頑張って。でも無理すんなよ」
だけど、その表情が少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
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