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第3章 11
6月4日金曜日、蒼空の誕生日の放課後、地元駅ビルの中から俺たちが選んだのはチェーンの焼き鳥屋だった。客の話し声に、オーダーを叫ぶ店員の声、ガチャガチャと食器の触れ合うような音が飛び交う落ち着かない場所だった。
店の中はそれなりに混雑しているように見えたが、狭いテーブル席なら空いているというからそこに通してもらった。2人なのに狭いってどういうことだと思ったら、すぐ隣はトイレという残念な場所にある隅の席に案内された。狭いというのは人通りが多いという意味なのかも知れない。
しかし、蒼空はそんなこと一切気にしていないという様子で、まだ酔ってもないのに嬉しそうにはしゃいでいた。
「20歳の誕生日おめでとう!俺!あと智暁!」
大きな口を顔いっぱいに広げたいつもの笑顔でそう言うと、蒼空はビールの入ったジョッキを掲げる。俺もそれに倣ってジョッキを持ち上げ乾杯をすると、ガチッと鈍い音がした。
尋ねてみなくてもわかる。蒼空は俺との約束を覚えてくれていたようだ。蒼空の誕生日に2人で居酒屋に行こうと言ったことを。
ビールを飲むのは、恐らくこれで人生3度目くらい。サークルの集まりで勧められて飲んでみたことがある。苦くておいしいとは思えなくていつも一口でやめてしまうが、それは20歳になった今日も変わらなかった。
「あー、まっず。ビールってまずくね?」
「何だよ。お子様だな。ってか、思っても言うなよ。せっかくの俺のお祝いムードが台無しじゃん!」
「蒼空のお祝いなの?俺のは?」
「……それはもう終わったんだろ。彼女と。そのネックレス、誕生日プレゼント?」
ニヤニヤと笑いながら俺の首元を指さすと、蒼空は注文用のタッチパネルへと視線を落とした。
……蒼空は今日、彼女と過ごさなくていいんだろうか。
「智暁、焼き鳥何好き?適当に頼んでいい?」
「……お前はいいのかよ」
「何が?あ、智暁が選ぶ?何でもいいけど、砂肝……」
「じゃなくて、彼女と。今日、何で彼女と祝わないの?」
タッチパネルを俺の方へと差し出しながら、蒼空はぽかんとした表情を見せた。
「……はい?何言ってんの?彼女なんていないけど」
大きなたれ目をパチパチと瞬きさせて、半笑いでそう言った。
「いないの?」
「いねーよ。うぜー。何それ。嫌味?」
「いや、じゃなくて。だって壱星が、お前が女の人とイチャついてんの見たって」
「はぁ?何の話?ってか、壱星って……あぁ、あの学科の友達だっけ?」
蒼空は何かを思い出すように少し上を向きながら、顔に掛かった髪を手で掻き上げる。そのまま頭に手を載せてしばらく黙っていたが、やがてビールをグイっと飲んだ。くっきりと浮かび上がった喉仏が大きく上下する。
「壱星ってヤツの勘違いだろ。いつどこで何見たんだよ」
「じゃあ、えっと……先週の日曜どこにいた?」
「先週って……23日?あぁ、弟と公園行ったな。親は出掛けてたし妹は部活だったから、2人でキャッチボールしに」
「夜は?」
「夜?普通に家で飯食ったと思うけど」
面倒臭そうにしながらも、スマホのカレンダーを確認して答えてくれる。
「な、何だよ……じゃあ、マジで勘違いか」
俺が崩れ落ちるように背もたれへ体を預けると、蒼空は眉間に皺を寄せてこちらを睨んだ。
「何なの、智暁。いきなり詰問してきてさー」
「だって、お前に彼女できたんだと思って……」
「できてないけど、だとしても何?大体、彼女できても報告してくれなかったのはお前の方じゃん。まぁ、会ってなかったから仕方ないけど」
確かにそうだ。痛いところを突かれて何も言えなくなってしまう。
「あー、もう、やってられん。これ貰うから」
そう言うと蒼空は俺の目の前からビールのジョッキを取り上げた。気が付くと蒼空の分はもう半分ほど空になっている。
「え、何で。俺ほとんど飲んでないのに」
「智暁はどうせ飲めないだろ。もっと飲みやすいの頼めよ。あと焼き鳥も俺が好きなのいくから。文句言うなよ」
片手にジョッキを持ち、反対の手でタッチパネルを操作しながら、蒼空の表情は次第に柔らかいものに変わっていった。怒った振りをしていても、何だかんだこいつは優しい。エビの串焼きを迷わず注文する手元を見ながら、俺は妙な疑いを掛けてしまったことを心の中で謝った。
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