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第4章 1

 蒼空の誕生日から1週間が経った。蒼空も壱星も以前と特に変わった様子もなく、いつも通りの日常が過ぎていく。  壱星から貰ったネックレスは着けなくなってしまった。白銀色の細いチェーンがやけにキラキラと光を反射していて、とてもじゃないけど俺みたいなデカい男に似合うとは思えない。それに……壱星と誠実に向き合えていないことへの嫌悪感が募り、形だけ取り繕うような行為に後ろめたさを感じてしまう。  しかし、壱星はそんな俺の本心を知らずに――いや、気が付いていて、敢えてなのかもしれないが――いつものように健気な様子でそのことを指摘してきた。 「智暁君、最近俺のあげたやつ着けてないね。あんまり好きじゃなかった?」  向かい合わせに座った食堂の席で、壱星は悲し気に長い睫毛を伏せた。 「いや、ごめん。そういうわけじゃなくて……」  慣れないから忘れちゃって、とか、失くすのが怖くて、とか。いつもの癖で浮かんでくる嘘の言い訳が言葉にならないように口籠る。 「ううん、謝らないで。俺、ちょっと独り善がりだったかも。ねぇ、週末また買い物に行こうよ。ちゃんと智暁君がいいなって思うものプレゼントしたいから」 「いいよ、そんな。旨いもん食わせてもらっちゃったし、そこまで……。ってか、ごめん。あれちゃんと着けるよ。気に入ってないわけじゃないから」  俺の言葉に壱星は納得がいかないというように口を尖らせたが、すぐにいつもの嬉しそうな笑顔を見せた。 「そっか。ありがと、智暁君。でも、買い物は行かない?今週末、すごくお天気いいんだって」 「おう、いいよ。何でも付き合うよ。土曜バイトだから日曜でいい?」  ……結局、これだ。益々自分が嫌になる。気持ちの整理がつかないまま、日常に流されていく。ここまで自分が都合のいい人間だとは思わなかった。  あの日の出来事――蒼空にキスされたことは、恐らく夢じゃない。よく酒で記憶をなくすという話を聞くが、俺はあの日のことをしっかり覚えている。蒼空との会話も、自分の行動も、吐いた時の喉の痛みまで鮮明に思い出せる。  蒼空は他に好きな人ができたから染谷さんと別れたのだと言っていた。その相手はうちの大学にいるって……。  あいつが女にしか興味がないというのが俺の思い込みなのであれば、そして、好きな人というのが俺のことなんだとすれば、あの行動の説明が付く。  蒼空は、それが叶わない恋だと思いながらも染谷さんとの関係を断ったんだろうか。俺に彼女がいると聞いてどう思ったんだろう。俺みたいに嫉妬に狂ったか?その挙句、一番辛い時に追い打ちを掛けるような言葉をぶつけたりしたか?  違う。あいつは、俺なんかとは全然違う。そんな素振り1つも見せずに、「彼女のこと信じてやりなよ」「智暁の好きになった人ならきっと大丈夫だよ」って、俺を励ましてくれた。  何もかも手遅れなのかも知れない。こんな俺が、今さら誠実になろうだなんてムシがよすぎる話だと頭では理解している。でも……。  ――壱星とのこの不毛な関係は、近いうちに終わりにしよう。  脳裏には「捨てないで」と泣く壱星の姿が浮かぶ。きっと今度こそ本当に壱星を深く傷つけてしまうけど、それでも、このまま嘘をつき続けるよりはマシだろう。  まるでひとり言のように今週末の天気と市街地でのイベントのことを話し続ける壱星を見ながら、俺は秘かに決意を固めた。 ◇◇◇ 「お待たせ~!ごめんね、遅くなっちゃって」 「ううん、全然。ねぇ、今日行くお店ってさぁ――」  混み合う駅前広場のベンチで、隣に座っていた女性が待ち合わせ相手と去っていく。俺がここに座ってからもう1時間近く経過しているが、次から次へと現れるのは見知らぬ人間ばかりで、俺の待つ相手――壱星は一向に姿を見せる気配がない。  今日は一緒に買い物へ行こうと約束していた日曜日当日だ。こんなに待たされることなんて、今まで1度もなかったのに。  少し前に送ったメッセージに既読がついていないことを確認した俺は再び電話を掛けてみる。  果てしなく続く無機質な呼び出し音。それが10回ほど鳴り続け、仕方なく耳からスマホを離そうとしたその時、一瞬だけ何か別の音が聞こえて慌ててそれを耳に当てた。 「あっ、もしもし?壱星?お前――」  そこまで言って、違和感を覚えて画面を確認する。表示されているのは「通話中」ではなく、先ほど開いたメッセージ履歴だ。そして、「通話時間 0秒」の表示のすぐ下に「ごめん、今日は行けなくなった」というあまりにも素っ気ない言葉が見える。 「……え、何でだよ」  思わず呟いた言葉をそのまま打ち込み送信したが、それ以降、そこに何かが表示されることはなかった。

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