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第4章 4

「……なぁ、変な事聞くかも知れないんだけど」  蒼空は俺の方を向きながら、少し目線を下げて「それ」と言った。 「それ?……どれ?」 「だから、それ。その、智暁が今触ってる」  そう言われて初めて自分が壱星から貰ったネックレスをいじっていることに気が付いた。 「それってさ、彼女に貰ったんだよな?」 「……何でそんなこと聞くんだよ」  心臓の動きが全身に伝わっていくようだった。ドクン、ドクンと動くたびに視界が揺れる。 「あの人も……真宙さんも、それと同じのしてるから」  蒼空の声がどこか遠くから聞こえるような気がする。 「真宙さんが砂原って人に聞いてたんだよ。『智暁って子に本気になったの?』って。なぁ、あれって……。それに、智暁、前言ってたよな?彼女が真宙さんと会ってるかも知れないって。俺、智暁が付き合ってるのは女の子だと思ってたし、真宙さんは女の子に手出さないって有名だったから全然ピンと来なくて……。でも、もしかして……」  砂漠のオアシスが、幻だったと知った時のような。 「智暁の言ってる彼女って、砂原壱星、だったりする……?」  今まで見ていたものが、全て見果てぬ夢に過ぎなかったと知った時のような。 「なぁ、智暁。俺は――」 「だったら何だよ?!そんなの嘘だろ、全部」  目の前に現れたものを反射的に払い除けた後で、それが蒼空の手だと気が付いた。かつて触れたくて堪らないとすら思った、骨ばった変な手。 「蒼空、それ全部お前の作り話だろ?」  嘘をついている。 「……え?は?いや、何で俺が……」  俺も、蒼空も、壱星も、みんな。 「嘘じゃないっていう証拠あんのかよ」 「証拠って……」  そう思いたかった。その方が、自分を責めなくて済むから。  だけど、蒼空は……。 「ないよ、そんなの。信じてくれなくても構わない」  真っ直ぐ俺の目を見てそう言った。彼女のことを信じてやれと言ったあの日と同じ――いや、出会ってから10年以上ずっと変わらない、優しくて真剣な眼差しを俺に向けている。 「でも、俺は……後悔したくない。お前のことほっとけない。だから話したんだよ、俺の知ってること。智暁が裏切られてるんだとしたら許せない。それに……二度とお前のこと1人にしたくないから」  そう言われた途端、なぜか涙が込み上げてきて、鼻の奥がツンと痛み、目の前がどんどん滲んでいく。  ただただ寂しかった。蒼空と離れ離れになった、あの1年間分の寂しさが……失恋を知ったあの日から続く寂しさが急に押し寄せてきたみたいで。 「蒼空、俺、俺はっ……」  喉が震えて上手く声が出せない。 「……智暁?」 「別れるつもりだったんだ。で、できれば今日、あいつと話そうと思って……。壱星に、もう、終わりにしようって」  涙も言葉も堰き止めることができずに次から次へと溢れてくる。 「だって俺はっ、わからなくなって。あいつのこと好きなのかどうかも。ずっと、ずっと嘘ついてたから。俺は、俺は自分が許せなくて」 「智暁……」  蒼空は脈絡のない俺の言葉を聞き返すことも、余計な相槌を打つこともなく背中を擦ってくれた。 「でも俺は、今の話聞いて、何でこんなに……。別れるつもりだったのに何でショック受けて。俺、俺が悪いのにっ……」  一定のリズムを刻む蒼空の大きな手が心地よくて、俺は思う存分涙を流した。 ◇◇◇  人前でこんな風に泣くなんて子供の頃以来だ。ようやく落ち着いて恥ずかしさが込み上げてきた頃合いで、ちょうど弟が帰ってきたらしく蒼空は部屋を出ていった。  ……あぁ、最悪だ。情けない。カッコ悪い。気持ち悪い。  三角座りをした膝に顔を埋めながら羞恥に身悶えしていると、カチャッと音がして蒼空が部屋の扉を開けた。 「ほらよ、泣き虫智暁。戦利品、受け取れよ」  そう言いながら何かを投げて寄越す。 「おっ……モナカアイス」 「帰ってきたの妹だったわ。今度別のもん買ってくるからって交渉してあいつの分もらってきた」 「……え。悪いよ」 「いいんだよ。普段こき使われてるから」  モナカに包まれたアイスがほんのり冷たくて気持ちがいい。熱くなってガンガン痛む頭が少し楽になるような気がした。 「蒼空」 「何?」 「……今日のことは忘れて」  隣に座った蒼空は俺の頭をぽんぽんと叩く。 「大丈夫、俺は智暁と違って何も忘れないよ。あ、顔洗って帰れよ。智暁のお母さんビックリしちゃうから」  意地悪だなと睨む俺に対して、蒼空は目を細めて笑う。  さっきは泣きながら取り乱していたにも関わらず、どこか冷静な自分もいた。だから、壱星とのことは話したけど、カラオケでキスされた時に起きていたことも、本当はずっと蒼空に片思いをしていたことも話さなかった。  相変わらず狡猾だな。そんな自分に呆れてしまう。

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