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第4章 10
呆然としたまま家に帰り着き、そのまま2階の自室のベッドに倒れ込んだ。
寝転んだ時に首に違和感を覚えてネックレスを外す。キラキラと輝く白銀色の鎖。細くて簡単に引きちぎれそうなのに、俺の力じゃ絶対に無理。なんか壱星そのものみたいだ。
俺を着せ替え人形にして「カッコいいね」と褒めてくれた壱星の顔が脳裏に浮かぶ。今そんなことを思い出すなんて、浮かれていたことを自覚してしまい、情けな過ぎて涙が溢れてくる。あの照れたような笑顔は俺に向けられたものじゃなかったのに……。
何もかも、壱星の言う通りだと思う。俺はあいつのことをろくに見ていなかった。だから重森のことだって気が付かなかったし、あまつさえ壱星は俺に夢中だなんて考えていた。
それに、蒼空のこともそうだ。あいつが俺に好意を抱いているなんて微塵も……。
いや、それだって……どうなんだ?俺の勘違いじゃないのか?俺が見てきたものの中で、信じられることなんて何1つない。
「うっ……うぅ……」
悲しさ、怒り、寂しさ、屈辱……。あらゆる感情が込み上げてはごちゃ混ぜになって行き場を失う。嗚咽するが、最後の理性を振り絞り、枕に顔を押し付けて声を殺す。
全部、虚構だ。自分に都合のいい嘘ばかりを見てきたんだ、俺は――。
その時、玄関のインターホンの鳴る音がした。回覧板でも回ってきたんだろう。母さんの話す声が遠くから聞こえる。
そう言えば、晩飯いらないって帰った時に一言言っておけばよかった。食欲なんて一切わかない。
階段を昇る足音がする。きっと母さんが俺を呼びに来たんだろう。男相手に失恋して泣いてる息子の顔を見たら、母親ってのはどんな気持ちになるんだろうか。
部屋の扉をノックする音、それも機嫌の悪そうな荒い音……面倒臭い。
何て言って追い払おう。寝たふりしてやり過ごすか……。俺はこんな時にも自己保身のための嘘をつくのかよ。でも、仕方ないだろ。だって――。
「おい、智暁。入るぞ」
飛び込んできたのは、母さんのじゃない聞き慣れた低い声。
「何してんの?……あ、はは、また泣いてんのか」
頭まで被っていた布団を引きはがされて、温かい手で頬に触れられる。
「何で……」
何で蒼空がここに……。
涙を拭ったその手が優しく耳を撫でた。くすぐったさと心地よさに胸がざわざわと騒ぎ始める。
「何でって、さっき連絡したじゃん。お袋にお土産渡してきてって頼まれたんだよ。はい、これ、智暁君にもって」
何事もないようにそう言って、蒼空は饅頭のようなものを差し出してきた。
違う。絶対に嘘だ。忘れてたけど、俺が壱星の家へ行くことを伝えていたから様子を見に来たんだろう。
蒼空はこういう時に、俺のために嘘をつく。俺の負担にならないように、尤もらしい理由をつけて……。
「……嘘つき」
「嘘じゃねぇよ。親父が出張で買ってきたんだけど、日持ちしないから……」
蒼空は饅頭の包み紙を開けていた手を止めて、少し黙る。それから、ぽんとその手を俺の頭に乗せて、ふっと息を吐いた。
「いや、そうだな。半分は嘘。智暁のことが心配だったんだよ」
そう言う蒼空の瞳は、優しく、そして、寂しそうに揺れていた。
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