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第4章 13
吹き抜ける夜風が優しく俺たちを包んで、懐かしい匂いが胸いっぱいまで入り込んで、手のひらに触れる蒼空の熱がじわじわと温度を上げていく。
好きだという言葉が、ちゃんと届いたのかどうか自信がない。
「……ち、智暁、今何て……」
「好きなんだよ。蒼空のことが、この世界の誰よりも。友達としてじゃなくて」
だから、もう一度、今度ははっきりとそう言った。
視界の端で蒼空の癖毛が揺れる。俺はそれを押さえつけるようにそっと撫でた。ふわふわの犬みたいな感触。
「こんな時にこんな風に言ってごめん。でも、全部打ち明けなきゃと思って。俺、蒼空にはもう嘘つきたくないから」
蒼空は素早く瞬きをしながら、時々口をパクパクと動かしている。なんだか魚みたいで笑いそうになるけど、それを堪えて言葉を続ける。
「本当は……たぶん、高校入るより前からずっと好きだったんだ。お前が染谷さんと付き合うまで自分でも気づいてなかったけど。だから俺は染谷さんに嫉妬して――」
「智暁!」
突然の大声に驚いて俺の体がビクッと跳ねる。
「俺、俺、俺もっ!本当は智暁のこと、世界で一番っ……!」
「……ち、ちょっと待って。蒼空、重いって」
伸し掛かってきた蒼空の重さに耐えきれず、俺は片肘を後ろについて体を支える。狭い空間で逃げ場がなく、俺が蒼空に押し倒されるような体勢になってしまった。
見上げると、蒼空は薄明りの下でもわかるくらい顔を真っ赤にして、眉間に皺を寄せて睨むような目をしていた。
「智暁!!俺はっ――」
ゴンッ。
蒼空が俺の方に体を近付けたとき、鈍い音が聞こえた。蒼空は頭を押さえて縮こまる。
「いっ……たぁ……」
「蒼空?!だいじょ――」
ガンッ。
今度は俺の脳天に響く、低い音と衝撃。
「あっ……ってぇ……」
慌てて体を起こした俺も、蒼空と同様にこの木製のアスレチックのどこかに頭を打ちつけたらしい。
クソ。最悪。やっぱりこんな狭いところで話をするべきじゃなかったんだ。
「あ、ははっ、智暁、だせぇ」
「……う、うるせぇな。どっちが。ってか、マジいてぇ」
「泣くなよ、智暁?」
蒼空は楽しそうに笑いながら、俺の背中に腕を回して、もう二度と頭をぶつけないようゆっくりと体を起こしてくれた。
「あー、めちゃくちゃアホになったかも」
「受験終わっててよかったわ」
頭をさする俺の手に蒼空の手が重なる。
「……なぁ、智暁。俺にも言わせてよ」
見上げると、緊張が解けたのか、いつもの蒼空の顔があった。優しくて真剣な眼差しが真正面から俺を捉える。
「俺も智暁のことが好き。世界で一番好き」
そう言うと蒼空は照れくさそうに笑って頭を掻いた。
「……知ってたって言ったら?」
「……え?」
蒼空は大きなたれ目を見開いて、きょとんとした表情で首を傾げる。
「カラオケで俺たちキスしたよな?」
「あっ……え、マジで?お前、あの時……え?マジで言ってる?」
水かきのある手で癖のある髪を掻き上げる仕草……今まで何度も見てきたそれが堪らなく愛おしく思えて、俺は蒼空の頬に手を添える。
「もう1回、したいんだけど」
「……ち、智暁……?」
「いいよな?」
蒼空は答える代わりに目を閉じて顎を少し突き出した。荒くなった吐息がリズミカルに顔に掛かる。
顔を傾けて唇を重ねると、柔らかい感触と蒼空の匂いに頭がクラクラとしてきた。
ただ、そっと触れ合うだけのキス。それだけなのに、俺の心臓は痛いくらいに強く、早く鼓動している。
このまま、時が止まればいいのに――。
「っぷは……もう無理っ」
突然、俺の肩を押し退けて蒼空は顔を背けた。大きく口で呼吸しながら、真っ赤になって目を泳がせている。
「え、蒼空、息止めてたの?」
「……と、止めないの?」
一瞬の沈黙の後、俺達は再び揃って笑い始めた。
「止めねぇよ。死ぬだろ」
「だから死ぬかと思ったんだよ。じゃあ智暁は息してたってこと?全然わかんなかった」
「でも、蒼空、初めてじゃないよな?染谷さんと……」
「あー……いや、ほら、あれだよ。それは、こう……チュッて」
蒼空は頭を掻きながら下を向く。
「え?半年以上付き合ってそんだけ?」
「うるせーな。悪いかよ。受験生だったし。それに……無理だったんだよ。そういうことしようとすると、なんかお前のこと考えちゃって、それで……」
蒼空らしいな、そう思うとまた笑いが込み上げてくる。
「笑うなよ、智暁」
「蒼空もめちゃくちゃ笑ってんじゃん。……なぁ、今度はちゃんと息しろよ」
蒼空のことは、もう二度と傷つけない。ずっと俺が傍にいて、絶対に幸せにしてみせる。
大丈夫。俺は絶対変わるから。蒼空と2人なら、俺は……。
触れ合う熱と熱が、蒼空がここにいるんだという現実を伝えてくる。
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