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第1話

 最悪だ。  俺は自分でもわかるほど、むすっとした顔で腕組みをし、扉の前につっ立っている。ここに来る前、しこたま酒場で呑んだ酒もどこかに飛んでいくぐらい不機嫌になっていた。  魔王討伐を掲げる勇者パーティーの1つに入って一ヶ月。俺の不満は爆発する寸前だ。  いや、軟弱そうな勇者殿はまあいい、悪い奴じゃないから(そういえば俺を勧誘する時に、旅に出るのは14回目だとか言ってたけど、何のことだろうな)。  小柄にうさ耳が特徴のルービット族である治療師も、ちいとドジだが可愛いから一緒にいて癒される。  問題は、自称「森の賢者」とかいう、いけ好かないエルフ野郎だ。  シェラなんとかっていうクソ長い名前の奴は、どこに出しても誰が見ても「エルフの魔術師」としか思われないだろう見た目だ。  金糸の長い輝く髪に、そこから覗く長い耳、ツンと澄ました顔に、瞳は金色に輝いて月みてぇだと思った。見惚れるほどの美人に一瞬気を許しかけたのは黒歴史でしかない。奴は、針みたいに尖っていて可愛げってもんがこれっぽっちも無かった。  俺はガリアの戦士だ。戦士ってのは、パーティーを守るため前に出て戦う。斧やハンマー、拳で敵を殴りつけるのが仕事だ。それをアイツは「これだから野蛮なガリアは」と、あの瞳で見下しやがった。胸糞悪い。  ガリアってのは、この大陸じゃなくて海の向こうの島国の名前だ。ガリア人はここらのヒトに比べると、髪の色は白に近い奴が多く、筋肉質で大柄な体力自慢に育ちやすい。だから各国に出稼ぎに出ては、傭兵やら土木作業やらを担う。  髪の色でガリア人だとはっきりわかる。だからあのエルフ野郎は俺を見下したんだ。その時だけじゃねえ、ことあるごとにアイツは俺を見て呆れたみたいに溜息を吐いた。 「もっと考えて行動できないのか」とか「力に任せるしか能が無いのか」とか。厭味ったらしい言い方をするもんだから、俺はいつもムカムカしていた。  一度なんて、モンスターに襲われているところを助けてやったのに、礼の一つもありゃしねえ。これまでは、勇者と治療師になだめすかされて抑えてきたもんだ。  けど、今日ばかりは許せなかった。  俺たちはとある洞窟の中を探索していた。噂によれば、何かお宝が眠っているんだそうで、勇者殿が行くことを提案したんだ。  シェラの野郎が得意の火魔術で明かりを灯してくれたが、なんかが干渉してるとかでやたら薄暗い。だから俺たちはできるだけ引っ付いて歩いていた。  ところが治療師の服がやたら長くて洞窟の地面やら壁やらに引っ掛けまわる。その度に、勇者がそれを外すのを手伝ってやっているもんだから、俺たちは全然進めなかった。魔術の効率を高める為には魔法糸の面積が必要だとか説明してたけど、あんなずるずる地面を擦ってたら生きる効率は下がってるだろ、とは俺も思う。けどよ。 「君はもう少し「身の丈」というものを考えるべきではないか?」  治療師に向かって、呆れたように言ったのがシェラだ。相変わらずのすまし顔が、灯りに僅かに照らされて余計腹立つ顔をしていた。 「足を引っ張るならいないほうがマシだ。私も簡単な治療術なら使える。君は帰りたまえ」 「ぴえ……ご、ごめんなさい……」  シェラの言葉に、小柄なルービットの治療師が涙ぐむ。いつもはピンと立った兎の耳までぺったんこになっていた。  シェラの言っていた「身の丈」が身長のことを指してるのか、能力のことを指しているのかは微妙なところだったが、俺はいい加減カチンときた。 「おい、んな言い方はねえだろうがよ。アイツだって役に立ちたくて来てんだから」  俺自身がどうこう言われるのには慣れているが、あんな小さな子どもが言われるのは気に食わない。もっとも、ルービットは大人でも小柄で、人間からしたら子どもにしか見えないらしいが。  俺が言い返したことに、シェラは溜息を吐いて、首を振る。 「役に立ちたいかどうかはともかく、役に立てていないから言っている」 「ぴえ……!」 「だからお前、そういう言い方はやめろって!」 「言い方を変えても同じだ。今の状況でついてこられても邪魔にしかならない。そこで待っているか、帰るか、それともその服を脱ぐかどれかを選びたまえ。私は先に行く」 「ぴええ……」 「おい、シェラ! 勝手に進むんじゃねえ!」  泣き出しそうな治療師と、それを宥める勇者を置いて、シェラの野郎は洞窟の先に進み、俺は慌てて後を追った。前もろくに見えねえのに、ひとりで行かせるなんてガリア戦士の誇りが許さねえからだ。決してシェラを心配してのことじゃない。断じて違う。  シェラを追って走った。それが良くなかったんだ。あのエルフ野郎は、自称森の賢者。俺たちヒトとは少し、違うものを見てる。  あと少しで追いつく。そこまで来たとき、突然シェラが振り返った。 「馬鹿者、止まれ!」 「は?」  俺が眉を寄せたのと、俺の足元でカチリという音がしたのはほぼ同時だった。瞬間、俺は罠を踏んだのだと悟る。一瞬で視線を彷徨わせたが、暗すぎてこれから何が起こるのか全く読めない。  生物というのは、危険を感じるととっさに後ろへ下がろうとするものだ。罠というのはそれを見越して設置される。だから俺は横へ逃げようとした。  ところが。 「--ッ!」 「うわっ!」  シェラの野郎が俺に突っ込んできて、俺はシェラに押し倒されるような形ですっ転ぶ。辛うじて頭をぶつけずにすんだが、腹が立った。何しやがる、と文句を言いかけて、俺は目を丸くした。  俺を守るようにして上に乗ったシェラだけが、何故かずぶ濡れになっていたからだ。 「その状況で、咄嗟にラルフさんへ防衛魔法をかけられる判断力と魔力は、本当にすごいと思うのです……」  何故かずぶ濡れで、どういうわけかぐったりしたシェラを仕方なく背負って戻ると、治療師はシェラの様子を見てそう言った。  罠が発動する寸前、シェラは俺を突き飛ばすように手を触れ、その瞬間に俺に防衛魔法をかけた。ところが自分には間に合わなかったらしい。天井から降ってきた液体を、モロに全身で浴びた、というわけだ。  俺は真っ青になった。それが強酸や強毒であれば、命は無かっただろう。そして俺を庇ったらしいシェラは、無事なのか。いけ好かない野郎だが、そんなやつに助けられて、おまけに奴が死んだりなんかしたら腹の虫がおさまらない。  しかし、治療師がシェラの様子を見ながら言う。 「ウウン、致死性や毒性のある液体では無さそうなんですけど……スイマセン、ここではなんとも……街の治療院までいけば解析もできると思うんですが……」  すると、シェラが微かな声で、「大事ない」と呟いた。大事なかったら、こんなぐったりしてねえだろと思う。 「一晩寝れば治る……今日はもう宿に帰らせてくれ」 「でも、街の治療院に行ったほうが……」 「大事無い」  シェラはぐったりしたまま繰り返した。俺たちは顔を合わせて肩を竦め、このよくわかんねえエルフを抱え、近くの宿場へと戻った。  ところがあいにく宿は二人部屋が2つしか空いていなくて、相部屋にするしかない。俺はコイツに借りを残すのが嫌で、シェラと同室を選んだ。看病でもしとけば借りは返せるだろうと思ったが、一晩でもコイツと過ごすことを考えると胃が痛い。シェラはもう寝るとベッドに潜ってしまったから、とりあえず酒場でひとしきり飲んだ。  そして今に至る。  俺は溜息を吐いて、部屋に入った。眠るために灯りを消しているシェラは、ベッドに潜っていた。静かなもんだ。アイツの言ってる通り、大事無いんだろうと納得しながら、俺は反対のベッドに向かい、上着を脱いで近くの椅子に放り投げ――。 「……ぅ……」  微かに聞こえた声に、俺はシェラのほうを振り向く。見ると、奴の手元が微かに光っていた。何か、魔法を使ってるんだ。怪訝な顔をして、俺は奴に近づく。 「おい、シェラ。大丈夫か」  シェラの返事は無い。どすどすと足音を立てて近付くと、次第にシェラの荒い息遣いが耳に届き始めた。ハァハァと苦しげな呼吸に、俺は眉を寄せる。何が大事無い、だ。大有りじゃねえか。 「おい、シェラ」  引っ被った布団の上から触れると、中に包まった生き物がビクリと震える。ややして「なんだ」とか細い声が、布団越しに聞こえた。 「なんだじゃねえよ。大丈夫かって聞いてるんだ。いや大丈夫じゃねえんだろうがよ」 「……大事無い……」 「何処がだよ⁉ 今からでも馬を飛ばして街の治療院に行ってもいいんだぜ、俺を庇ってそうなったんだろ」 「違う、放っておいてくれ。一晩眠れば治るから……」  そう言って、布団の中の生き物が丸まる。そんな拗ねたガキみたいな仕草してる時点で、大丈夫じゃないだろ。いつもお高くまとった、いけ好かないエルフ様は何処に行った。 「……おらぁ!」 「うわっ!」  俺は息子を叩き起こす母親の勢いで布団を引っぺがした。慌てて布団を掴もうとするシェラを巧みに避けて、布団をぽいと遠くに追いやる。 「そら、これでもう逃げられないぞ、大人しく俺と一緒に街へ……」  ニヤニヤしながら告げようとしていた俺は、ふいにシェラの様子に気付いて目を丸めた。  シェラは魔術を使う。魔術師の類は治療師と同じように、薄くて面積の広い服を着ているものだから、肌の露出は殆どない。そのシェラが、今はますます薄い肌着だけを身に着けているわけだけれど。  その白い肌が、ほんのりと赤く染まっている。長い耳まで赤くして、シェラは身を隠すように枕を抱いてこちらを睨んでいる。その金色の瞳が、涙で潤んでいた。 「……お前、どした……」  あんまり普段と違いすぎて、俺はいつもの怒りもポロンっと落ち、おずおず近寄る。子供に尋ねるように姿勢を下げて、「ん、ほら、言ってみろ、どした」と問うと、シェラはしばらく悩んだ末に、ぽつりと返した。 「……身体が、熱いんだ……」 「熱でもあんのか?」 「そうだが、そうじゃない」 「……つまり?」 「…………」  シェラは言うべきか悩んでいる様子で視線を彷徨わせている。俺はトドメとばかりに、「説明しないならその恰好のまま馬に乗せて街へ行くぞ」と脅した。シェラは一瞬だけ、きっと俺を睨みつけたが、いつもの鋭さはまるでなかった。 「……君に防衛魔法をかけた」 「うん?」 「私自身には、防衛魔法よりも早く使える、効果反転に術をかけた。咄嗟だったから、判断を誤った。安易に反転させるべきではなかった。冷たい水は熱い湯になるし、毒は活力を生む、知恵有るものは獣へ堕ちる」 「……で?」  シェラが何を言いたいのかわからない。眉を寄せて問いかけると、シェラはまた少し黙ってから、ついに白状した。 「死を招くものは転じて生を湧き起こす。わかるだろう、全ての生き物は、……そうした時に、……その……」 「…………」  俺はその濁しまくった言葉から、一生懸命推測して、答えた。 「つまり、「森の賢者様」のお前は今、頭がポンコツ、身体が熱くて、元気いっぱいすぎるからセックスしたくてたまんない……ってことか?」 「…………」  シェラときたら、幼女みたいにこくんと頷いて。俺はバチンと音を立てて自分の顔を手で覆った。

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