3 / 17

青天の霹靂 2

「まじで、知らなかったの?」  何度も知らなかったって答えてるのに、しつこく尋ねられて、いい加減ウンザリしてくる。 「ほんとに、知りませんでした」  こんな所でお金使ってる場合じゃないのに。そう思いながら、だけどなんだかひとりではいられそうになくて。憂さ晴らしに居酒屋で飲もうって言われて、付いてきた。  田代さんも吉岡さんも、俺より年上だけど、去年入ってきたばかりだ。今までも職を何度か変えてるって言ってた。 「てかさー、酷くね? 俺ずっと、社長は澤部君に将来工場継がせるのかな、とか思ってた」 「俺も、会社に入った時、息子なのかと思ってたし」 「俺もー」  最初は怒っていたふたりも、また職探しかー、なんてぼやきながら、もう気分を切り替えつつあるようだった。今は二人のフットワークの軽さや経験値が羨ましくて堪らない。  俺は、此処しか知らなくて。  自分に何が出来るのかって考えたって、工場で働いている誰よりも短時間で、寸分の狂いなく部品の研磨が出来て、図面通りの形を作り出せる事くらいだ。だけど、それが他所で通用するのかも知らない。そんなの、他へ行けばなんの価値もないのかもしれない。  他に、受け入れてくれる職場があるのかも分からない。  そう考えたらもう不安で、胸が押しつぶされたように苦しくなる。それをグイッとハイボールで流し込んだ。  お酒が進んで時間が経つにつれ、ふたりの気分がどんどん良くなるのが分かった。  俺の事をかわいそうがって、大変だな、とか酷いな、とか言いながら、笑ってる。  自分の方がまだマシだって、そうやって思っているのが透けてくる。  ふたりが浮上するのと反比例して、俺の気持ちはどんどん沈んで。だけど雰囲気を壊さないように、ただへらへらしていた。  いくら飲んでも酔えない気がして、それに、泣けなしのお金で割り勘負けするのは釈だから、うんとたくさん飲んでやった。  店を出て一人になった瞬間、ものすごく酔っていることに気がついた。  手を振ってふたりと別れた時までは、まだ大丈夫だったのに。  寮に住んでいるのは俺ひとりだから、ふたりは別の方向へ歩いて消えてった。  一歩ずつ、踏み出すたびに酔いが回って、視界もぐるぐるし始める。  ああ、やらかした。  そう頭の隅にチラッと浮かんだけれど、もう遅い。  いつも自分の限界はだいたい分かっているから、他人と一緒に飲む時にその限界を超えるような真似はしないし、ほろ酔いで気持ち良くなる程度で家に帰れる限度を、ちゃんとわきまえてる。だからこんな風に、完全に限界突破する事なんてなくて。  まともに歩けない上に、ここがどこだか分からないなんて、そんなこと。あってはならない。  よろよろと暗い道を歩いていると、ふいに、え、俺の家こっちだっけ? なんて不安に駆られて。とりあえず、スマホで位置情報と地図を確かめた。

ともだちにシェアしよう!