15 / 17
新しい家 4
それからの二日間は、なんだかあっという間に過ぎて行った。
社長にダンボールを貰って、荷物を詰めたり、掃除をしたりした。
とはいっても、服や雑貨も大した量は無い。自分が持っている一番高価な物は動画や映画を見る為のノートパソコン。テレビすら持っていない。
引っ越し準備は簡単に整ってしまった。
工場からは、日々荷物が減って行く。資材もどんどんトラックに積まれて出て行った。
あの日以来、俺以外の社員やアルバイトの人を見た事はない。
みんなあっさりしたものだな、と思ったけれど。俺だって、ここに住んでいなければ、わざわざ会社に出向いて来る用事も無かったかもな、と思う。
社長や奥さんには、何度か会った。まだ申し訳なさそうにするふたりに、もう仕事も住む所も決まったと告げると、本当に嬉しそうに喜んでくれた。良い報告が出来て、俺も少し心が軽い。
昨日、社長とご家族への挨拶も済ませた。
今日、七年間住んだこの寮を出て行く。
ばあちゃんと暮らしていた田舎から出てきて、ここで初めて一人暮らしを始めた。俺の全部が詰まっていた部屋。
なんだか感慨深い気持ちになる。
外でクラクションが鳴って、窓から顔を出すと、横田君がミニバンの運転席から手を振っていた。あの日ドアですれ違った昼スタッフの大学生だ。
「乙都さーん」
「今降りる、ありがとう」
昨日急に連絡が来て、カフェの車で引越しを手伝うと連絡をくれた。社長に車を借りるか、自転車で何往復かするか、なんて悩んでいた所で、本当に助かった。それも、与一さんが提案してくれたらしい。
「ほんと、助かります、ありがとうございます」
ダンボールを一緒に運んでくれる横田君にお礼を言う。ほとんど初対面なのに、いきなりこんな私的な仕事を増やしてしまって申し訳ない。
「いや、タメ口でいいです、それにこれだって時給出てるし、良いバイトですよ。荷物だって少ないじゃないですか」
そう言って横田君は笑う。
俺たちは部屋と車を何往復かして、ダンボールを全部車に積んだ。
最後に事務所に鍵を返しに行って、もう一度社長と奥さんにお礼を言った。
終わり方はこんなでも。本当に沢山お世話になったありがたい人たちだ。
「乙都さんって、ほんと、愛されるたちですよね」
「え?」
ゆっくりと車を発車させた横田君が、目を細める。
「ほら、うしろ」
そう言われて後ろを振り返ってみると、社長と奥さんが、遠ざかる車に向かって大きく手を振ってくれていた。
俺は助手席の窓を開けて、角を曲がるまで、手を振り返した。
「泣いても良いですよ」
「泣かないよ」
横田君が冗談めかしてそう言わなかったら、ほんとに危うく泣いてしまう所だった。
「なんか分かるな」
「え?」
「乙都さん、人たらしですね」
「なにそれ?」
「好かれるって事ですよ。部屋見たら、びっくりしますよ」
「え?」
俺は意味が分からなくて、運転するその横顔をみつめる。
「見たでしょ? あのがらんとした窓の無い部屋」
「うん……それが?」
「まあ、楽しみにしてて下さい」
そう言って、くすくす笑う横田君。答えをくれる気はないみたいだ。
横田君とは、まともに話したのは昨日の電話と、今が初めてみたいなものだ。だけど、横田君は明るくて元気で話も上手で、もう親しくなれたような錯覚すら覚えてしまう。
人に好かれるたちなのは、完全に横田君の方だと思う。
その後店に着くまで、横田君は、与一さんが優しくて良い人だし、それに凄い人なんだと教えてくれた。俺はそれには完全に同意した。
あんな醜態を晒した俺を受け入れてくれたんだから、器も広くて凄い人に違いない、って。
ともだちにシェアしよう!