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新しい家 5

「ね?」  そう笑顔で振り返る横田君に、俺は何も言葉を返せず、ただポカンと部屋を見ていた。 「いい反応! 適当に荷物置きますよ?」  横田君はダンボールを部屋の隅に積みながら、ケラケラと声をあげておかしそうに笑っている。 「あ……りがとう。え、ここだっけ?」 「ですよねー、そうなんですよ、ここなんですよ」 「……そうなんだ」  俺はもう目の前の光景が信じられなくて。  薄暗い印象だった四角い部屋に、真っ白い壁紙が貼られ、開け放たれた大きな窓の側で、隅に寄せられた緑色のカーテンが揺れている。床はフローリングで、その上には毛足の短いクリーム色のラグが敷かれていて。  ローテーブルに、ベッドに、ソファまである。 「これは……」 「俺は実家が近くなんで、住み込みとか考えた事なかったんですよね。でもこんなにしてもらえるなら、住み込みにすれば良かったですよ、ほんと」  横田君は、羨ましいなあ、なんて呟いている。だけど、雇用主だからって。いくらなんでもこんなにして貰っていいんだろうか。  家賃は要らないって言われた。光熱費も。 「与一さんって、ほんとセンスの塊だよなー。ムーンライズの内装も全部与一さんだし。この部屋も、最高ですよね?」 「うん……うんうん、ほんと」 「ほら、乙都さん、残りの荷物運んじゃいましょ」  横田君に肩を揺さぶられて、頷く。 「あ、うん。そうだね」  まるで夢見心地で、信じられない。  窓って、2日で作れるのか……。  ダンボールを運び込んですぐに、今すぐに与一さんにお礼が言いたいって言ったけれど。与一さんは近くのマンションに住んでいて、夕方まで店には来ないそうだ。  横田君が帰った後、荷物を解きつつ部屋を見回す。何度も手を止めてしまう。なんだか夢みたいで、ぼんやりとしてしまう。窓が出来た事にも驚きだったし、さっき気がついた。部屋にはエアコンも付いている。  なんだかまだこれが現実なのか信じられなくて、リラックス出来ないし、与一さんと話すまで、そわそわと時間を過ごした。  一階で物音がしたから、俺は慌てて靴を履くと階段を降りた。 「与一さんっ!」 「ああ、乙都君、いたんだね」  俺が勢い良く階段を降りて行くと、丁度ドアから与一さんが入って来た。 「あのっ、今日からお世話になりますっ」 「こちらこそ、よろしくね」  与一さんは目尻を下げて笑ってくれる。 「与一さん、あの、ほんとにあそこに住んで、良いんですか?」 「気に入ってくれた?」 「はいっ、気に入ったなんてもんじゃないです、凄すぎて、なんか……俺には勿体無くていいのかな、って」 「何言ってるの? 乙都君の為の部屋だから。使って貰えないと悲しいよ」  そう言って与一さんは俺の顔を覗き込む。 「そう……ですか?」  すっと近くに寄って来た与一さんの瞳が、黒でも茶でもない不思議な色味で。その美しさに引き込まれて見惚れてしまいそうになる。 「ちゃんとエアコンも使って暖かくして、風邪もひかないで」 「は……い」  本当は、エアコンを使うのがなんだか申し訳なくて、冷える部屋の窓を閉め切ってアウターを着込んでウロウロと落ち着かなく過ごしていた。 「いい? 遠慮されるのは嫌いなんだ」 「……はい、ありがとうございます」 「お礼なんて要らないよ、当たり前の事だから」 「……はい」  与一さんの当たり前が、あまりにもレベル高過ぎて、まだ着いていけていない。鵜呑みにして何でも甘えてしまうのは、きっと、ダメだと思う。 「乙都君」 「はい」 「うちの子になったんだから、寛いで居心地良く過ごして貰わないと困るよ。その分昼に元気に仕事してくれればいいから」  そう言って笑うと、与一さんは大きな手で俺の頭を掻き回した。 「……はい」  うちの子……だなんて、婆ちゃんに言われて以来だ。そんな風に言われるのはなんだかくすぐったい。  どう考えたって、与一さんと俺は数日前に出会っただけのオーナーとアルバイトの関係なのに。どうしてこんなにも良くしてくれるのか分からない。  俺が仲間になりたい、だなんて言ったから。そうやって言葉にしてくれるのかもしれない。そう気づいてなんだか心が温かくなった。 「与一さん」 「ん?」 「俺、頑張りますっ」  俺は胸が熱くなって、大きな声でそう言った。 「ありがとう、期待してるよ」  与一さんは驚いたように目を見開いて、それからケラケラと声をあげて笑った。

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