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第2話 Verzeihen Sie uns

 祈りを終えて扉をくぐると、死体を片付け終えたヴィルが待っていた。 「眠れそうです?」  その問いには、静かに首を横に振る。  眠るたび、私は悪夢に(さいな)まれる。……ヴィルに慰められない限り、落ち着いて眠るのは難しい。 「わかりました」  武骨な指が、私の方に伸びる。  伸ばした銀髪を指ですくい上げ、ヴィルは、耳元に唇を寄せた。 「優しくしますんで」  それが罪深いことと知りながら、私は、甘い囁きに身を委ねた。  ***  ベッドが軋む音と、乱れた息の音が夜闇に響く。 「神父様、気持ちいい?」  (たかぶ)る熱に貫かれながら、そう問われた。 「く……っ、う、だま、れ……ッ」  快楽に溺れてはならない。  罪だと忘れてはならない。  そう、幾度自分に言い聞かせようと、私の肉体は誤魔化しようがないほどに(よろこ)んでいた。 「ぁ……あっ、やめ、そこは……あぁあっ」  温もりが欲しい。  災禍の記憶を、塗り潰すほどの悦楽が欲しい。  ヴィルの……。 「へへ。神父様って、ここグリグリされるの好きだよなぁ……」 「き、さま……っ、あ……っ! ぅ……調子に……ンッ、乗る、なぁあ……ッ」  茶色の瞳が瑪瑙(めのう)のように輝き、私を見下ろす。  本能と欲望に満ちた輝きの中に、どこか純真な、慈悲と情愛の色がある。 「ひっ、……ぁ、あ……し、ごくな……っ、はな、せぇ……っ」 「……ッ、こんな綺麗な顔なのに、ブツはついてんの……やっぱ、堪んねぇっすわ……」 「あぁあ! く、う、ぅううっ……」  耳元で囁かれ、息を吹きかけられ、思わず腰が跳ねた。  腹の、亀裂のように走った傷痕を撫でられ、同じように胸に残った痕にも手を這わされる。  忌まわしい陵辱(りょうじょく)の痕を、決して癒えない傷を、ヴィルの手が優しく撫でていく。  苦痛に満ちた記憶が、狂おしいまでの快楽に上書きされていく。 「はぁ、ァ、たまんね……。ケツだけでイきたいなら……それも……アリ、ですよ……っ」  興奮しきった(おす)の声が、なけなしの理性を揺るがし、私をも一匹の獣へと変えていく。 「……ッ、はや……く……っ」 「はやく……なんです? 腰、もっと速くします?」 「ちが……っ、あぁあっ、あっ、~~~~ッ」  激しい求愛に耐えかね、私の肉体は呆気なく絶頂に導かれた。  はぁ、はぁと肩で息をする。シーツを握り締め、途絶えかけた意識を手繰り寄せる。 「……ッ、あー……ナカに出されるの、嫌でしたっけ……」  その問いに、どうにか頷いた。  嫌い、という訳ではないが、に出される感覚には、未だ慣れることができていない。 「あ……」  ずるりと引き抜かれる感触に、名残惜しさを感じてしまう。  大きく膨らみ、張り詰めたヴィル自身が目の前にある。 「神よ、お赦しください」  そう呟き、怒張の先端をくわえた。  溢れ出した白濁が……ヴィルの味が、口いっぱいに広がる。  嗚呼、美味い。  傷付いた肉体が(よろこ)ぶのがわかる。  認めたくない現実を、他ならない我が身が突き付けてくる。  私は、ヒトの体液を(すす)らなければ生きていけないのだ、と。  ──嗚呼……主よ、お赦しください。  私はまた、男に抱かれました。  暗がりの中。ベッドに身を横たえ、火照った身体を鎮める。  奥底まで愛され尽くした身体は、穏やかな悦びに満たされていた。  ……しかし、私はヴィルほど筋骨隆々でないとはいえ、自らの肉体をしっかり鍛えている自覚がある。身長に至っては、ヴィルより少しばかり高いはずだ。  顔立ちの方は、まあ……幼少期より端正だと評価されていたのは事実だが、この体格を女性として扱うにはいささか無理がある。……が、ヴィルはどうやら満足しているらしく、今も私の銀髪を愛おしげに撫でている。  ……髪は、きょうだい達がよく触りたがるため伸ばしていたのだが……彼らは今、どうしているのだろう。……私のせいで、不利益を被ってはいないだろうか。 「ヴィル」 「ん?」  取り留めのない思考を打ち破るよう、ヴィルに声をかける。ヴィルは不思議そうに首を傾げ、私の方を見た。  夜闇の中ではあるが、夜目が効くので表情までよく見える。……「あの日」を境に、私はそういう身体になった。 「…………後悔はないか」  私は一度死に、蘇った。 「血を啜る怪物」として追われる身になった私を、ヴィルは躊躇(ためら)いもなく「護る」と言った。  ヴィルだけが、私を受け入れ、手を差し伸べてくれた。  たくましい腕が、私の身体を抱き締める。……嬉しいと、感じてしまう前に振り払った。 「まあ……オレ、元から人殺しなんで、今更っつぅか……」 「悔い改めろ」 「でも、今は神父様のためにしか殺さねぇです」  ヴィルの明るく、朗らかな笑顔が向けられる。  言葉の物騒さに似合わない、無邪気な笑顔だ。 「まだ神罰下ってないなら、オレもセーフですよ、きっと」 「貴様の場合は、とうに地獄行きが決まっているだけに思うがな」 「え、ええー……そんなぁ……」  私はあえて突き放し、背を向けた。  分かっている。ヴィルは、私を「護る」ために罪を犯している。  だが、罪は、罪だ。  ヴィルには、奪う以外の生き方が存在するはずなのだ。本当ならば、これ以上ヴィルが手を汚す前に、解き放ってやらねばならない。……そのはずなのに。  夕食時に飲み干した液体が、ワインなどではないと分かっている。  救世主の血ではなく、私を殺しに来た名も知らぬ誰かの血だと、本当は理解している。  胸や腹に刻まれた痕が、未だに癒えぬ身体の内側が、(うず)いて血を求める。  断じて認めたくはないが、私は、ヒトの体液を啜らなければ生きていけない。  ぐるぐると巡る思考を閉ざすよう、意識が闇に沈んでいく。  眠りの世界に落ちる直前、安らかな温もりに包まれているのを感じた。  ……明日も、目が覚めるのは昼以降になるのだろう。  主よ、罪深い私達をお赦しください。  私を抱き、私のために手を汚す彼を。  彼の腕に抱かれ、歓びを感じる私を……。

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